第二百七十五話 「再会とは、眩しすぎる他人の現在地に目が眩む現象である」という話
高坂君も罪っすね
八月、昼下がり。千代田区の歩道。
拓海は、重厚な英語参考書を山のように抱え、苦行僧のような足取りで歩いていた。
腕はちぎれそうに重い。
脳内は英文法で飽和状態。
ふと、電柱に貼られた色鮮やかなポスターが目に入る。
夏祭り・花火大会開催
「……祭り……?」
その単語は、もはや未知の言語だった。
自分とは無関係な、異世界の儀式。
その時。
向かい側から、一人の青年が爽やかな風のように現れた。
「あれ? 君――」
拓海が顔を上げる。
「拓海君、だっけ? “なっちゃん”の幼馴染の」
(Σ(゜д゜lll) なっちゃん……だと……!?)
心臓が跳ねた。
”なっちゃん”。
その親密すぎる響き。
三年間、自分が一度も口にできなかった愛称を、この男は呼吸するように使っている。
「あ……高坂君、でしたっけ……?」
「はい!」
白い歯が、正面からきらりと光った。
腹が立つほど健康的で、曇りのない笑顔だった。
高坂は、拓海の抱える参考書へ視線を向ける。
「すごいですね。帰国子女枠とかですか?」
「……あ?」
「でも全部英語だ! さすがだなぁ。やっぱり世界を見てきた人は違いますね!」
悪意、ゼロ。
純度百パーセントの称賛が、拓海のプライドを丁寧に削っていく。
「ア……イヤ……フツウデスヨ……」
日本語が崩壊した。
高坂はさらに明るく言った。
「そうだ! 今度のお祭り、なっちゃんと行く約束してるんですけど――」
拓海の鼓動が止まる。
「ご一緒にいかがです?」
「え……あ……はい、いき……」
「あ! でもお忙しいですよね!」
爽やかに被せられた。
「受験生ですもんね! すみません、お邪魔して! じゃ!」
高坂は軽やかに走り去った。
一人残された拓海。
腕の中の参考書が、鉄塊のように重くなる。
「……………………あぁ……」
千代田区の歩道で、英国で魔王と渡り合った男が、静かに膝をついた。
■ジョージの機密ログ(八月:千代田区の格差社会)
八月。白昼の路上。
僕は見たよ。
サエキが、“正面からの敗北”という重力に押し潰される瞬間を。
君は今、知性を磨き、未来を予約するために戦っている。
けれど高坂君は、“今この瞬間”を菜摘ちゃんの隣で笑うことに全力だ。
偏差値は上がっても、青春指数は急落中。
……残酷だね。
■ジョージ幕間(観測ログ:12-TOKYO・なっちゃんショック編)
エドワード(英国本部):
「なっちゃん」呼び報告を受け激怒。
「その屈辱を糧に単語帳を三周しろ」と意味不明な激励。
ジョージ(現地特派員):
「いやー、完敗だね(笑)」
拓海(膝つき中):
「……俺、一回も“なっちゃん”って呼んだことねぇ……」
(追記)
ジョージは、参考書を抱えたまま固まる拓海を撮影し、肩をすくめた。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を高みに引き上げても―」
シャッター音。
「今日いちばん効いたの、“お忙しいですよね”の一言だよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




