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第二百七十六話 「距離とは、会えないことではなく、知らないことが増える現象である」という話

拓海君、そういうとこだよ?

十月。

千代田区の街路樹は色づき、気づけば蝉の声は遠くなっていた。


冷たい風が、駅前の人波をすり抜けていく。


大学の講義を終えた菜摘は、友人と並んで歩いていたその時、

ふと人混みの向こうに見覚えのある背中を見つけた。


拓海だった。


人の流れを避けるように歩くその姿は、どこか急ぎ、どこか疲れていた。


腕には擦り切れた英単語帳。

鞄には分厚い参考書。

目の下には、うっすらと隈。


三年前、石造りの校舎へ旅立っていった頃よりも、ずっと鋭い横顔だった。


「あ、佐伯くんだ」


隣の友人が何気なく言う。


「彼、海外大狙いなんだよね?」


菜摘は足を止めた。


「え……?」


思わず聞き返す。


「帰国子女枠の推薦、とかじゃないの?」


「まさか」


友人は驚いた顔で笑った。


「あそこ、海外大対策の超スパルタ塾だよ。論述も面接も地獄みたいに厳しいって有名。

彼、ずっとあそこ通ってるらしいよ」


菜摘は言葉を失った。


そういえば、夏祭りの日。


高坂くんが、たっくんも誘おうかと言っていた。

でも、

忙しそうだから、やめとこうか

そう言って終わったのだった。


自分はずっと、拓海を“帰ってきた幼馴染”として、前と同じ場所に置いていた。


けれど拓海は違った。


誰にも見せず、何も言わず、一人でずっと前へ進んでいた。


「……知らなかった」


拓海は何も言わなかったわけじゃない。


ただ、”言う余裕”がなかっただけだ。


それでも菜摘には、その沈黙が少しだけ残酷だった。


帰ってきたのに。

前より、ずっと遠い。


■颯太の機密ログ(十月:千代田区の秋風)


十月。夕暮れの駅前。


僕は見たよ。


去っていくサエキの背中を、何も言えず見送る菜摘ちゃんの表情を。


サエキ。


君は今、自分を磨くことに必死だ。


けれど、人が変わっていく時には、置いていかれたように感じる誰かがいる。


君に悪気はない。


だからこそ、少し切ないね。


■ジョージ幕間(観測ログ:13-TOKYO・秋の断絶編)


エドワード(英国本部):

報告を受け、「よし。タクミが俗世の情愛を断ち切った証左だ」と勝手に解釈し満足。


ジョージ(現地特派員):

「いやー、相変わらず都合のいい脳だね(笑)」


拓海(塾帰り):

「なんか寒いな」とだけ呟き、英熟語帳を開く。


菜摘に見られていたことにも、彼女が少し傷ついたことにも、気づかないまま。


(追記)


ジョージは夕闇へ消える拓海の背中を撮った。


「ハミルトン様。君がどれだけ彼との再会を夢見ても――」


シャッター音。


「彼が今いちばん向き合ってるの、君じゃなく、自分自身だよ(笑)」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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