第二百七十四話 「古典とは、寂しい男が私情を混ぜると長尺作品になるものである」という話
拓海は全部見たんだろうか
深夜。千代田区の自室。
睡魔と戦う拓海のスマホが、不穏な重量感と共に震えた。
通知。
新着動画(3:02:47)
「長ぇよ!!」
拓海は思わず声を上げた。
「映画三本分じゃねぇか、バカかよ!!」
だが、抗いがたい嫌な予感と好奇心に負け、再生を押す。
【動画タイトル:枕草子 第一段 特別版】
深い暗転。
やがて一本の蝋燭が灯る。
その光の中に現れたのは、和装風シルクガウンを纏ったエドワードだった。
静かに口を開く。
「春は、あけぼの――」
異常に良い発音だった。
三年前より洗練された、無駄に艶のある日本語が深夜の自習室へ響く。
背後では、CGの山際がゆっくり白み始める。
紫雲が四方八方からたなびき、謎に壮大な琴の旋律が流れた。
さらに。
要所要所で差し込まれる回想映像。
三年前の談話室
泥だらけのラグビー場
二人で覗き込んだ本の頁
あの朝焼け
これは古典解説ではない。
お前のいない世界は、これほど長く、退屈だ。
そう告げる、エドワードの独白だった。
【視聴者の反応】
十分後。
「…………寝れるかと思ったら、逆に腹立って寝れねぇよ」
拓海はスマホを机へ置いた。
最後まで見る気は失せた。
だが、削除ボタンだけは押せなかった。
■ジョージ幕間(観測ログ:11-UK・映像制作地獄編)
八月。ロンドン(通信経由)。
エドワード(主演・総監督):
「この紫色は、タクミが最後の日に見た空と一致させろ」とピクセル単位で修正要求。
ジョージ(編集・CG・被害者):
「いやー、第一段だけで三時間って、全部やったら年越すよ(笑)」
拓海(視聴者):
一言だけ返信。
『要約しろ』
■ラストオチ:即レスの真実
数秒後。
エドワードから返信。
『春はあけぼの。お前は早く戻れ。』
拓海は、自室の天井を見上げた。
三時間の映像美を、十文字で叩きつける男。
これは動画の説明ではない。
エドワード・ハミルトンが使える全ての遠回しを尽くした、
「寂しい」
の最上級表現だった。
■ジョージの機密ログ(八月:あけぼのの残響)
八月。深夜の自室。
僕は見たよ。
サエキが動画を消さず、エドワードの要約文だけ何度も読み返しているのを。
サエキ。
君を呼び戻すために、あの男は古典まで自分の武器にしたんだね。
三時間という長さは、伝えたかった言葉の量なんだろう。
ちなみに、CGの雲は十七回やり直しだったよ。
……本当に、面倒な恋だね(笑)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




