第二百七十二話 「夏休みとは、一人だけ正しく満喫している男が現れる季節である」という話
三者三様?
七月下旬。
日本の夏は、三人の格差を容赦なく照らし出していた。
【AM 6:00:千代田区・道場】
「面!!」
「ぐぇっ!!」
竹刀の音と共に、拓海の魂が抜けていく。
「遅い!! 腰が死んでいる!!」
「朝六時に人へ求める熱量じゃねぇんだよ、ジジイ……」
汗と共に、意識が飛んだ。
【PM 1:00:海外大対策塾】
「Why Oxford, Mr. Saeki?」
拓海は白い天井を見た。
「……なんでだっけ」
講師が眉を上げる。
「Excuse me?」
「理由……あったっけ……」
努力の過剰摂取により、拓海の脳内からは、エドワードの存在すら押し出され始めていた。
【同時刻:英国・ハミルトン本邸】
眩いシャンデリアの下。
完璧な夜会服に身を包んだエドワードが、令嬢の手を取る。
「Edward, shall we dance?」
「……喜んで」
無欠の微笑。
非の打ち所のない所作。
だが胸中は荒れていた。
(タクミは何をしている。ジョージの報告も三日前で止まっている)
(私は……忘れられたのか?)
【同時刻:神奈川・江の島】
「いやー、日本の夏って最高だね(笑)」
ジョージはサングラス姿で笑っていた。
「海! 花火! 女子大生!」
ライカ片手に、水着美女と記念撮影。
エドワードの
『連絡を減らせ』
という命令を、
『自由時間の付与』
と解釈した男だけが、正しく夏を満喫していた。
【PM 8:00:千代田区・自習室】
「基本的人権……」
拓海の目が死んでいる。
「俺……何に追われてんだ……?」
もはや主人公なのに、目的を見失った迷子だった。
■深夜:生存確認
英国の夜。
三日間の沈黙に耐えきれず、エドワードは端末を開いた。
震える指で送信。
『生きているか』
十二時間後。
予備校の机へ突っ伏していた拓海から返信が来る。
『今起きた。で、お前誰だっけ』
次の瞬間。
英国本邸にて、最高級ティーカップが粉々に砕け散った。
■ジョージの機密ログ(七月末:光と影)
七月。それぞれの夏。
僕は見たよ。
サエキが「ハミルトン」という単語を、ただの英単語として処理し始めたのを。
努力しすぎると、人は初心を失うんだね。
ちなみに江の島で撮った僕のハーレム写真をハミルトン様へ送ったら、国際問題になると思う(笑)
■ジョージ幕間(観測ログ:09-TOKYO・江の島パラダイス編)
エドワード(英国・情緒崩壊組):
「お前誰だっけ」により精神損傷。日本の予備校買収を検討中。
ジョージ(夏満喫組):
「いやー、日本の女の子ってフレンドリーだね(笑)」
拓海(記憶混濁組):
「エドワード……ああ、世界史の王様か……」と重度の勉強ハイ。
(追記)
浜辺で女子大生に囲まれたジョージは、ライカを構えて笑った。
「ハミルトン様。君がどれだけ王を演じても――」
シャッター音。
「今いちばん寂しいの、君だよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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