第二百七十一話 「帰省とは、会いたい相手のいる国ではなく、背負う家へ戻る行為である」という話
エドワード君サイドです
七月初頭。英国・ハミルトン本邸。
重厚な執務室で、エドワードは父アルバート・ハミルトンと向き合っていた。
机上には、一枚の航空券。
密かに手配していた、日本行きの便だった。
「父上。夏季休暇の予定ですが」
アルバートは書類から目を上げもせず、言った。
「その券は破棄しろ、エドワード」
声に、議論の余地はなかった。
「夏季休暇は遊学ではない」
ゆっくりと視線が向けられる。
「ハミルトンの後継者として戻る季節だ。社交界への本格的な顔出し。
領地経営の引き継ぎ。顧問たちとの会食。お前には果たすべき義務がある」
「私は、日本へ――」
「私情を封殺しろ」
空気が凍る。
「お前が執着するあの少年も、今、日本で己の義務と戦っているのではないか」
エドワードは、言葉を失った。
拓海は朝に竹刀を振り、昼に英語へ挑み、夜に法律へ沈んでいる。
自分だけが、特権で会いに行こうとしていたのか。
それは、あまりに不誠実だった。
長い沈黙の後。
「……承知しました」
声は静かだった。
「夏季休暇は、本邸にて当主教育に専念します」
エドワードは拳を握りしめた。
天才でもない。
魔王でもない。
サエキ拓海の相棒でもない。
ただの、ハミルトン家の跡取りとして。
日本への空路は、冷酷に閉ざされた。
七月。英国の夏。
エドワードは、自ら航空券をシュレッダーへ入れた。
細断されていく紙片を、無表情で見つめる。
彼にとっての夏休みは、バカンスではない。
自由の終わりだった。
豪奢なシャンデリアの下で、笑顔を学び、握手を学び、
値踏みされる視線に耐え、”後継者”として整えられていく。
その夜、誰もいない部屋で、エドワードは小さく呟いた。
「……日本で汗を流すサエキに伝えろ」
窓の外へ。
「私もまた、別の鎖に繋がれていると」
■ジョージ幕間(観測ログ:08-UK・当主教育編)
七月。千代田区。
エドワード(英国本部):
メールが「報告は一日一回でよい。少し忙しくなる」に変化。異常事態。
ジョージ(現地特派員):
「いやー、ついにハミルトン様、現実に捕まったね(笑)」
拓海(予備校自習室):
「エドの奴、最近連絡遅ぇな……。遊んでんのか、バカ」とシャーペンを噛んでいる。
(追記)
ジョージの端末に、新たなメール。
タクミには、私が日本へ行けぬことを伏せておけ。
あいつの集中を乱したくない。
ジョージはしばらく黙り、笑った。
「ハミルトン様。君、ちゃんと大人になろうとしてるんだね(笑)」
シャッター音。
「……まあ、タクミは模試で忙しくて、君のこと半分忘れてるけど」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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