第二百七十話 「再会準備とは、本人の希望を一切聞かず進行するものである」という話
だからあのままイギリスで進学しとけと・・・
深夜。千代田区、佐伯家の自室。
机の上には、もはや凶器に近い厚さの六法全書。
赤字だらけの英文エッセイ。
積み上がった問題集。
そして何故か、部屋の隅でライカの手入れをしているジョージ。
拓海は、魂の抜けた顔でベッドへ倒れ込んだ。
「……俺さ」
「なに?」
「二年って、もっとこう……」
天井を見つめたまま、力なく呟く。
「ダラダラして。たまに勉強して。菜摘と飯でも行って……」
「うん」
「気づいたら、なんか自然に成長してる予定だったんだけど」
沈黙。
ジョージが、鼻で笑った。
「ずいぶん都合のいい二年だね(笑)」
「なのに朝はジジイに叩かれて、昼は英語で詰められて、夜は親父に監視されてるんだけど」
拓海は枕を抱きしめた。
「……なんなんだよ、この国。人権って概念ねぇのかよ」
「君の家だけだよ(笑)」
「……あと、菜摘は高坂BOYと楽しそうだし」
「そこ本題だね(笑)」
「うるせぇ!!」
拓海は枕へ顔を埋めた。
「……俺の青春、返せよ。バカ……」
理想としていた甘酸っぱい帰国生活は、家族制度と受験制度と
幼馴染の現在進行形によって、見事に爆散していた。
その時。
サイドテーブルのスマホが短く震えた。
画面には、英国の冷徹な主君から一文。
『勉強は進んでいるか』
「…………お前も原因側なんだよ、バカ……」
拓海はスマホを枕元へ放り、目を閉じた。
失恋に浸る暇もなく。
怠ける余裕もなく。
青春を嘆く時間すらない。
だがその地獄こそが。
二年後、もう一度あの男の隣へ立つための、滑走路だった。
■ジョージの機密ログ(六月末:千代田区の深夜)
六月。深夜。サエキの部屋。
僕は、サエキが愚痴を言い終えた三秒後に、気絶するように眠ったのを見たよ。
サエキ。君の青春は、止まってなんかいない。
ただ今は、汗と眠気と教材に姿を変えて、ものすごい速度で進んでいるだけなんだ。
ハミルトン様。
君の『勉強は進んでいるか』は、翻訳すると―
『寂しい。早く来い』
だろうね(笑)
■ジョージ幕間(観測ログ:07-TOKYO・地獄の現状整理編)
六月。サエキの部屋(居座り中)。
エドワード(英国本部):
返信が「バカ」のみであることを確認し、「よし。余裕はある」と独自判断で満足。
ジョージ(現地特派員):
「いやー、タクミの青春、正面から消滅したね(笑)」
拓海(疲労困憊):
「……明日は……予備校サボる……」と寝言を漏らす。
(追記)
ジョージは、スマホを握ったまま眠る拓海を撮影しながら笑った。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を追い込んでも――」
シャッター音。
「一番安心して弱音を吐ける相手、結局君なんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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