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第二百六十九話 「静寂とは、うるさい男が二人いなくなると少し腹立たしいものである」という話

残された寂しさ?

六月末。英国・名門寄宿学校。


夕暮れの談話室は、かつてないほどの静寂に包まれていた。


誰も、泥のついた靴でソファへ飛び込まない。

誰も、私の紅茶に勝手に砂糖を入れない。

誰も、無遠慮なレンズを向けてシャッターを切らない。


エドワードは、開いたままの『枕草子』を静かに閉じた。


「……つまらんな」


口をついて出た独り言に、自分で眉をひそめる。


「違う。静穏で、知的で、理想的な環境だ」


腕を組み直す。


「私が三年前から望んでいた、本来あるべき姿だ」


沈黙。


暖炉の火が、ぱち、と乾いた音を立てた。


「…………つまらん」


その時、机上の端末が震えた。


千代田区へ潜伏中のジョージから、報告が届く。


『タクミ、朝六時から竹刀で叩かれてるよ(笑)

時差ボケごと矯正されてる』


エドワードは無表情のまま、即座に返信した。


『動画を送れ。鮮明な画質で』


数秒後。


『心配してる?』


『記録だ』


指が止まらない。


『サエキ拓海の野生が、日本の前時代的教育により、どの程度劣化するか観察する必要がある』


送信。


エドワードは端末を置き、窓の外の夜空を睨んだ。


寂しい、という単語は、彼の辞書にはない。


ただ。


”サエキ拓海”のいない世界が、妙に気に入らないだけだった。


拓海が日本で身体を鍛え直している間。


エドワードは一人、自分の中にできた空洞の扱い方を知らず、談話室で立ち往生していた。


■六月末:英国の空白


しんと静まり返った談話室。


エドワードは、拓海がいつも雑に座っていたソファを、一時間近く見つめていた。


理想的な環境とは、もっと満ち足りたものだと思っていた。


だが実際には。


あの男の「バカ」という雑音が、自分の知性をどれほど温めていたか―失って初めて知った。


なお、ジョージから送られた道場動画は、既に一万回以上再生されている。


■ジョージ幕間(観測ログ:06-UK・不機嫌な魔王編)


六月。英国(通信経由)。


エドワード(残留組):

拓海を叩いた祖父の竹刀角度をコマ送り解析し、「非効率だ」と対抗心を燃やしている。


ジョージ(現地特派員):

「いやー、ハミルトン様、寂しすぎて理性が溶けてるね(笑)」


拓海(千代田区):

「ハクションッ! ……誰か俺の悪口言ってねぇか……」と、道場で鼻をすすっている。


(追記)


ジョージの端末に、新たなメールが届いた。


『……タクミの表情が、私といる時より生き生きとしている理由を三百字以内で説明しろ』


ジョージは腹を抱えて笑いながら、返信した。


「ハミルトン様。君が本当に欲しいのは、動画じゃないだろ(笑)」


シャッター音。


「君に向かって飛んでくる、“バカ”って声だよ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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