第二百六十八話 「二年とは、祖父と父に管理されると一瞬で消える」という話
三倍がんばる拓海君
六月。梅雨空の下。
拓海の青春は、三つの陣営によって容赦なく分割された。
【AM 6:00:祖父道場(野生の覚醒)】
湿った朝の空気を裂いて、竹刀の音が響く。
「面が遅い!!」
祖父の怒号が飛ぶ。
「英国で何を学んできた! 腰が死んでおる! 足も浮いておる! 拓海!」
「……うるせぇジジイ!! 三年ぶりに竹刀握った奴に朝六時から求めるレベルじゃねぇんだよ!!」
言い終わる前に、祖父の打ち込みが胴へ入った。
「ぐぇっ!!」
失恋の痛みより先に、物理的な痛みが全身を支配する。
「泣き言を言う暇があるなら構えろ!」
「昭和かよバカ!!」
【PM 1:00:海外大対策塾(知性の研磨)】
「Next. Mr. Saeki.」
白い教室。
ネイティブ講師が淡々と指名する。
「Why Oxford?」
拓海は一瞬だけ黙った。
「……Because」
言葉を選ぶ。
「……そこに行かないと、一生付きまとってくるバカがいるんだよ」
教室が静まり返る。
講師が眼鏡を押し上げた。
「Interesting. But emotionally weak. More logic, please.」
(興味深い。しかし感情的に弱い。もっと論理的に説明してください。)
「うるせぇ!! 感情で生きてんだこっちは!!」
エドワードが待つ場所は、高かった。
学力も、理屈も、妙に。
【PM 8:00:公務員試験予備校(法律の迷宮)】
「基本的人権の尊重……」
拓海の目が死んでいく。
「……俺の人権、どこ行ったんだよ……」
「寝るな、拓海」
背後から低い声。
仕事帰りの父だった。
「六法全書を枕にするな」
「親父!? なんでいるんだよ!!」
「通り道だ」
「絶対嘘だろ!!」
父は席の横に立ったまま、静かに言った。
「大学も留学するなら、それなりのところへ行け」
拓海は机に突っ伏したまま顔だけ上げる。
「……それなりって何だよ」
「エドワードも、それなりの大学へ行くのだろう」
「……っ」
「ハミルトンに気圧されるような男に、この家の門はくぐらせん」
「何その謎の対抗意識……」
【深夜 0:30:屍の帰還】
部屋へ戻った拓海は、ベッドへ倒れ込んだ。
「……俺の青春、どこ行ったんだよ、バカ……」
カシャ。
シャッター音。
「いやー、タクミ」
ジョージがベッド脇でライカを構えていた。
「恋愛で傷ついた男の予定表とは思えないね(笑)」
「なんでいるんだよ……」
「君、三年前より目がバキバキになってるよ」
「帰れ……」
■ジョージの機密ログ(六月:千代田区の錬成)
六月。佐伯家の一日。
僕は見ていたよ。
サエキが、自由を奪われることで、逆にものすごい速度で完成されていくのを。
祖父に叩かれ。
英語で論じ。
法律に沈む。
その二年間は、君の所に行くための助走なんだね。
■ジョージ幕間(観測ログ:05-TOKYO・三部作地獄編)
六月。佐伯家。
エドワード(英国本部):
この予定表を見て「素晴らしい」と感動。自分の学習時間も二倍に増やした。
ジョージ(現地特派員):
「いやー、サエキ家、教育という名の軍隊だね(笑)」
拓海(受験生):
「英国にいた時の方が楽だったんじゃねぇか……」と白目を剥いている。
(追記)
朝六時。
道場で竹刀を構え直した拓海の目は、少しだけ鋭くなっていた。
ジョージはそれを撮りながら笑う。
「ハミルトン様。君が海の向こうで待ってる間に――」
シャッター音。
「彼、ちゃんと強くなってるよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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