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第二百六十六話 「再会とは、自分のいない場所だけ先に進んでいる現象である」という話

菜摘ちゃんも罪だな

六月、下旬。

時間は少しだけ巻き戻る。


千代田区、佐伯家。

家族会議の場で、拓海は眠気と戦いながら最後の理屈を絞り出していた。


「……二年後、また英国で進学する」


ソファに沈み込みながら、ぼそぼそと続ける。


「それまでは日本でちゃんと勉強する。英語も落とさねぇ。大学出たら日本で働く。……親父みたいな刑事も、ちょっと考えてる。留学経験とか語学とか、役に立つだろ」


父は腕を組んだまま黙って聞いていた。

母は湯のみを置き、しばらく拓海の顔を見る。


やがて小さく頷いた。


「……いいでしょう」


拓海の肩がわずかに下がる。


「目標があるなら、今回は見逃してあげるわ」


「今回はって何だよ……」


兄が小さく吹き出した。


その時、母が思い出したように言った。


「そういえば、お父様が“拓海が帰ってくるなら剣道の昇級試験を受けさせる”って言ってたわよ」


「あー、はいはい……受ける受ける……」


眠気が限界だった。


拓海は雑に返事をし、そのまま意識を飛ばした。


それが後日、自ら地獄の稽古へ署名した瞬間だったことを、本人だけが知らなかった。


二日後。


時差ぼけもようやく薄れ始めた頃。

拓海はまたしてもジョージに連行されていた。


「だから何なんだよ、“千代田区パトロール”って」


「ターゲットの生活圏確認だよ(笑)」


「俺がターゲットなの確定してんじゃねぇか」


六月の陽射しが街を白く照らしていた。


その時だった。


「あ、たっくん!」


聞き慣れた声に、拓海の足が止まる。


振り向いた先にいたのは、菜摘だった。


軽やかなワンピース。

明るい笑顔。

大学生らしい空気。

英国にいた頃、手紙の中でしか知らなかった“新しい生活”を、そのまま纏っていた。


そしてその隣には――


爽やかな笑顔の青年が、自然な手つきで彼女のバッグを持っていた。


”高坂BOY”。


「帰ってきたんだ! おかえり!」


菜摘は屈託なく笑う。


「こっちは高坂君! 手紙で話してた人だよ!」


「え?」


高坂は少し照れたように笑った。


「菜摘ったら、俺のこと話してるの? なんか嬉しいな」


そのまま拓海へ軽く頭を下げる。


「初めまして。高坂です」


「……あ、どうも」


声が遅れた。


距離感。

空気。

呼吸の合い方。


拓海が英国で三年間、必死に思い出を抱えていたその間に。


この千代田区で、二人はちゃんと“今”を積み重ねていたのだと、嫌でも分かった。


「私たち、これからサークルの合宿の打ち合わせなんだ!」


菜摘は手を振る。


「またね、たっくん!」


「……おう」


二人は並んで歩き出す。


笑いながら。

自然に。

眩しい夏の入口へ向かうみたいに。


拓海は、その場に立ち尽くしていた。


将来設計は語れた。

未来の席は確保した。


けれど。


幼馴染の隣だけは、もう満席だった。


■ジョージの機密ログ(六月:千代田区の断絶)


六月。白昼の千代田区。


僕は見ていたよ。


サエキが“敗北”という言葉の形を、そのまま顔にして固まっているのを。


サエキ。

君が英国で未来を誓っていたその間に、菜摘ちゃんは“今”を生きていたんだね。


時間は、待ってくれない。


いやー、残酷だね(笑)。


■ジョージ幕間(観測ログ:03-TOKYO・失恋速報編)


六月。路上。


エドワード(英国本部):

高坂BOY接触の報告を受け、「家系図を洗え。合宿所を買い占めろ」と冷静さを失う。


ジョージ(現地潜入員):

「いやー、放心顔五つ星だね(笑)。ハミルトン様が妙に元気になってるのが怖いよ」


拓海(被写体):

「俺の三年間、何だったんだよ……」と小さく呟き、都会の真ん中で魂を落としている。


(追記)


ジョージは、去っていく二人の背中を見つめる拓海の情けない横顔をライカで切り取った。


「ハミルトン様。君のライバルは高坂君じゃないよ」


くすりと笑う。


「一番強かったのは、“私たち”って自然に言える、あの距離感なんだよね(笑)」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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