第二百六十五話 「再会とは、寝かせてくれない友人と共に訪れるものである」という話
拓海くんの平和は来ない
六月、下旬。午後二時。
千代田区、佐伯家。
母上による三時間の“進路相談”という名の尋問を終え、拓海は幽霊のような足取りで自室へ戻っていた。
長時間フライト。
時差ぼけ。
精神疲労。
家族圧。
すべてを背負った男は、ベッドへ倒れ込む。
「……やっと寝れる……」
顔を枕に埋め、呻く。
「脳みそが……納豆みたいになってんだよ……」
まぶたが落ちる。
意識が沈む。
世界が遠のく。
―その瞬間だった。
♪ ピンポーン。
「……無視だ」
拓海は微動だにしない。
「俺は今……死体だ……」
♪ ピンポーン。
♪ ピンポーンピンポーン!!
♪ ピンポーン!!!
「うるせぇ!!」
階下から母上のよく通る声が飛んできた。
「拓海ー! お友達が来てるわよー!」
「帰してくれ!!」
「イケメンで、とっても感じのいい子よー!」
「なおさら危険だろ!!」
拓海は半狂乱で階段を駆け下り、玄関の扉を乱暴に開け放った。
そこに立っていたのは。
英国にいるはずの男。
見慣れた笑顔。
肩には最新のライカ。
「Hello!」
一拍置いて、にこやかに続ける。
「いい昼下がりだね、タクミ(笑)」
「……は?」
拓海の脳が停止する。
「……え?」
再起動する。
「……はぁぁぁ!?」
玄関に絶叫が響いた。
「なんでお前ここにいんだよ、バカ!!」
ジョージは肩のカメラを軽く叩いた。
「会いたかったよ、ターゲット」
「やめろその呼び方!」
「家族旅行なんて、ハミルトン家の嘘にしては雑すぎたかな?」
「やっぱ嘘だったのかよ!」
ジョージは悪びれもせず微笑む。
「僕の任務は、君を一秒も休ませないことだよ(笑)」
「最悪だよ!!」
母上が楽しそうに割って入る。
「あら、ジョージ君っていうのね」
「母さん乗るな!」
「拓海のお友達なら、泊まっていきなさい」
「泊めるな!!」
「夕飯、お寿司にするわ」
「買収するな!!」
ジョージは一瞬で母上の隣へ移動し、すでに家族側の顔をしていた。
「恐縮です、お母様」
「礼儀正しいわねぇ」
「なんで五分で懐柔されてんだよ!!」
ジョージは拓海の耳元へ近づき、囁く。
「ハミルトン様からの伝言だ」
「聞きたくねぇ」
「“タクミ。昼まで寝るな”」
「帰れ」
「“私を置いて快適な眠りへ逃げることは許さん”」
「殺す」
「だってさ(笑)」
「エドォォォ!!」
ロンドンの方角へ、拓海の怒号が飛んだ。
その頃、英国。
書斎で静かに紅茶を飲んでいたエドワードが、ふと顔を上げる。
「……今、タクミの声がしたな」
誰もいない部屋で、少しだけ満足そうに頷いた。
眠気が爆発する直前に、最悪の再会が訪れた。
東京の平穏は、こうして正式に終了した。
■ジョージの機密ログ(六月:ジョージ、襲来)
六月。佐伯家玄関。
ふふふ…
僕、三秒でお母様を味方につけ、“家族公認のストーカー”へ昇格したかな。
サエキ。
君の時差ぼけは、ハミルトン様の執念によって強制覚醒されたのさ。
これからは眠ろうとするたび、チャイムとシャッター音が追ってくるよ。
ハミルトン様。
君の「寝るな」は愛なのかな。
それとも、ただの嫌がらせかな(笑)。
■ジョージ幕間(観測ログ:02-TOKYO・潜入成功編)
六月。佐伯家リビング。
エドワード(英国本部):
潜入成功報告を受け、「そのままタクミの生活リズムを正常化しろ」と追加命令。本人は正常の意味を理解していない。
ジョージ(現地潜入員):
「いやー、絶望顔五つ星だったね(笑)。お母様に“明日も来てね”って言われたから、実質勝利かな」
拓海(被害者):
「英国に帰りたい……」と呟きながら、畳の上で半分魂が抜けている。
(追記)
ジョージは、眠落ちしそうな拓海の瞼を指で持ち上げながら、ライカのシャッターを切った。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を寝不足にしても、君が一番見たいのは――」
にやりと笑う。
「君の隣で、安心して眠る彼のバカ面なんだろうね(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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