第二百六十四話 「門出とは、帰宅三十分後に進路を詰められる現象である」という話
オールスター勢ぞろい佐伯家
六月。東京。
羽田空港から千代田区の実家へ連行されて三十分。
佐伯拓海に、まだ人権は戻っていなかった。
長時間フライト。
時差ぼけ。
全身のだるさ。
英国の余韻。
そのすべてを抱えたまま、拓海はリビングのソファへ着席させられていた。
前方に母。
右手に父。
左手に兄。
大型モニターの中に、イギリス滞在中の姉。
完璧な包囲陣形だった。
「……とりあえず風呂入らせろよ」
拓海はネクタイを緩めながら呻く。
「長旅で時差ぼけが死ぬほどキツいんだよ」
母は湯のみを差し出し、穏やかに微笑んだ。
「お風呂? 後でいいわ」
「よくねぇよ」
「清潔さより先に、あなたの将来の“清潔な白地図”を埋める方が先でしょ」
「言い回しだけ綺麗にすんなバカ!」
父が新聞を畳み、静かに口を開いた。
「タクミ」
「……なんだよ」
「英国で何を学んだ」
低い声だった。
「ハミルトン家との人脈か。帝王学か。語学か」
一拍置く。
「で、次は何になる」
拓海は虚ろな目で天井を見た。
「……眠い時に会議を仕掛けられると、人間の思考回路は死ぬってことだよ」
「質問に答えろ」
「それが答えだよバカ……」
兄がコーヒーをすすりながら呟く。
「俺、明日当直なんだけど」
誰も反応しない。
「……なんで俺まで呼ばれてんの?」
母が即答した。
「比較対象」
「雑に使うなよ家族を」
その時だった。
リビングの大型モニターが唐突に点灯する。
映し出されたのは、英国の瀟洒な室内。
そして、姿勢の良すぎる姉だった。
『拓海』
「うわ、姉貴!」
『姿勢が悪いわよ』
「第一声それ!?」
『英国の品格をどこに置いてきたの』
「知らねぇよ! 荷物超過で置いてきたわ!」
『あと髪が跳ねてる』
「画質良すぎんだろ!!」
母は満足そうに頷いた。
「これで全員揃ったわね」
「揃ってねぇよ! なんでイギリスから参戦してんだよ!」
『弟の進路は家族全体の議題です』
「株式会社佐伯かよ!」
■その頃・千代田区某所
五百メートル先、高級マンション非常階段。
ジョージは最新式双眼鏡で、佐伯家リビングを鮮明に捉えていた。
「……報告」
スマホへ音声入力する。
「ターゲット、現在“家族合同尋問会”により精神的独房へ収監中」
一拍置く。
「ハミルトン様。この家、君の実家より怖いよ(笑)」
■その頃・英国深夜二時
エドワードは書斎で授業準備を放り出し、ジョージから届く実況を震える指で読んでいた。
「……タクミ」
低く呟く。
「私の理屈が通じぬ相手に蹂躙されているのか」
沈黙。
「不憫だ」
さらに沈黙。
「今すぐ千代田区の土地を全て買い占め、救出ルートを――」
「やめてください(笑)」
ジョージから即返信が来た。
■ジョージの機密ログ(六月:千代田区の重力)
六月。東京。
僕は見ていたよ。
サエキが英国で身につけた“野生の余裕”が、お母様の一言で一秒で蒸発するのを。
サエキ。
君は名門校卒のエリートかもしれない。
でもこの家では、納豆の銘柄すら勝手に選べない末っ子なんだね。
ハミルトン様。
君のライバルは高坂BOYだけじゃない。
サエキ家という、天然災害みたいな家族だよ。
……いやー、濃いね(笑)。
■ジョージ幕間(観測ログ:01-TOKYO・末っ子観察編)
六月。千代田区。
エドワード(英国残留組):
サエキの姉の遠隔介入に脅威を感じ、「電磁波遮断装置」の導入を検討中。
ジョージ(現地特派員):
「いやー、パワーが違うね(笑)。お母様の写真、“警戒対象・特A”で保存してたよ」
拓海(実家の獲物):
「英国に帰りたい……」と呟きながら、履歴書の書き方講座を受けている。
(追記)
ジョージは、リビングの隅で拓海がスマホを握りしめ、
エドワードへこっそりメッセージを送る姿を激写した。
助けてくれ、バカ……
ジョージは笑う。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を束縛したくても、彼を一番絶望させてるのは
“明日までに進路決めなさい”っていう、お母様の一言なんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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