第二百六十一話 「門出とは、男子校が最後に知性を捨てる祭典である」という話
やっと序盤終了・・・拓海、東京ニート編へ続く・・・
クレストフィールド学院 「卒業式」
六月。
英国の青空の下、伝統ある石造りの校舎は、格式より先に理性を失っていた。
芝生では写真撮影。
中庭では抱擁と怒号。
廊下では住所交換と追いかけっこ。
誰も彼もが、未来へ進む準備をしながら、今日だけは子供のように騒いでいた。
【開式前:剥ぎ取り合戦】
「サエキ先輩! 写真! 写真撮ってください!」
「先輩、そのネクタイください!」
「記念に袖ボタンも!」
「うるせぇバカ! どこまで剥ぐ気だ!」
拓海は後輩たちに囲まれ、すでにジャケットの裾が半分めくれていた。
制服の袖を掴まれ、肩を叩かれ、背中を押され、笑いながら揉みくちゃにされている。
「ネクタイくらい、いいじゃないですか!」
「よくねぇよ! 首締まってんだろこれ!」
「サエキ先輩、卒業したらくれます?」
「形見みたいに言うな!」
その少し横で。
エドワードは完璧に整えられたアカデミックドレスを纏い、氷像のような顔で立っていた。
「……タクミ」
「何だよ」
「なぜ雑草どもに、お前のネクタイへの接触を許可している」
「雑草言うな」
「その布地は私の管理下にある」
「嫉妬の方向が終わってんだよバカ!!」
【式中:静寂の破壊】
荘厳なパイプオルガンが鳴り響く。
校長が壇上に立ち、重々しく口を開いた。
「諸君の未来は――」
――ギュルルルル……グゥゥゥゥ。
ホール全体に、誰かの腹の虫が爆音で響いた。
静寂。
完全なる静寂。
「……」
「……」
「(サエキ先輩だ)」
「(いや、音量的にそうだろ)」
「(違ぇよ!!)」
拓海の小声の抗議だけが、虚しく吸い込まれた。
【授与式:軍隊の再来】
「サエキ・タクミ」
名前を呼ばれた瞬間。
拓海は、全校生徒の鼓膜を破る勢いで返事をした。
「YES SIR!!」
会場が揺れた。
「入隊式ではない!!」
壇上のアイアンサイド先生が即座に怒鳴る。
「頼むから最後くらい普通に受け取れ!」
拓海は満面の笑みで証書を受け取り、敬礼しかけて止めた。
「危なかった……」
「何がだ!!」
【式後:空中戦】
終了の鐘が鳴った瞬間。
学園中の知性が消滅した。
一斉に投げ上げられる学帽。
飛び交う歓声。
抱き合う者、走る者、転ぶ者。
「うおぉぉぉ! 自由だぁぁ!!」
「誰だ俺の帽子にカレー付けたやつ!」
「伝統にカレー混ぜんな!」
一つの帽子が勢い余って窓ガラスをかすめる。
「サエキ先輩! 胴上げです!」
「やめろバカ! 高い高い高い!!」
数秒後。
拓海は英国の空を舞っていた。
「天井に刺さる! 下ろせバカどもぉぉ!!」
■ジョージの機密ログ(六月:卒業式・カオス編)
六月。熱狂の校庭。
僕はレンズ越しに、宙を舞うサエキと、それを地上から睨みつけるハミルトン様を見ているよ。
サエキ。
君の「YES SIR!!」は、この三年間で最も騒がしく、最も君らしい返事だった。
ハミルトン様。
君は首席として完璧だった。
だが、サエキのネクタイを回収するためだけに人混みへ突撃した時点で、十分ただのバカだね。
泣いている者より、叫んでいる者の方が多い。
……実に、この学校らしい卒業式だ。
■ジョージ幕間(観測ログ:00-BAKA・知性喪失編)
六月。校庭。
エドワード(不機嫌な首席):
サエキが胴上げされている間、落下速度と受け止め失敗率を計算。危険と判断した者から順に敵認定。
拓海(宙を舞う野生児):
「自由だ!」と叫びながら、片方の靴を紛失。まだ気づいていない。
ジョージ(観測者):
「いやー、祭典だね(笑)。ハミルトン様、“そのネクタイは予約済みの動産だ”って真顔で取り返してたよ。怖いね」
(追記)
騒ぎが一段落した夕暮れ。
誰もいなくなった講堂で、拓海とエドワードは静かに向き合っていた。
ジョージは少し離れた場所から、そっとシャッターを切る。
「ハミルトン様。どれだけ騒いでも、本当の別れは、この静けさのあとに始まるんだろうね」
エドワードが口を開く。
「タクミ。卒業おめでとう」
少しだけ間を置いて、
「……バーーーカ!!!」
拓海は笑った。
「お前もな。最高に面倒だったぞ、バーーーカ!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




