第二百五十八話 「GWとは、野生児が置いていかれている現実を知る、残酷な連休である」という話
まぁ、3年いなかったらそうなるわな
クレストフィールド学院
五月。
日本ではGW明け。英国では、いつも通り少しだけ肌寒い午後だった。
拓海は、数日ぶりに届いた菜摘からのメールを読み、寮の談話室で石像のように固まっていた。
『たっくん、全然連絡できなくってごめんねぇ!
GW、サークルの新歓とか、高坂くんたちとのBBQとかで、すごい忙しくって!(^-^)
あ、そういえばたっくんの卒業って六月だっけ?
帰ってきたらどうするの? 教えてね!』
「………………」
拓海の脳内に、楽しげに肉を焼く菜摘。
その隣で、爽やかな笑顔を浮かべる高坂BOY。
その幻影が、無駄に高画質で再生された。
「……なぁ、エド」
「何だ」
「俺、もしかして……実家の犬ポジ?」
「分析する」
いつの間にか背後に立っていたエドワードが、スマホ画面を覗き込む。
「それは犬ではない」
「違うのか」
「“たまに帰省する遠い親戚”程度の認識だ」
「思ったより悪化してんじゃねぇかバカ!!」
エドワードの翡翠色の瞳が、すっと細くなる。
「高坂……BOY……」
「そこ拾うな」
「サークル。新歓。BBQ」
一語ごとに声が低くなる。
「日本という国は、お前の不在を祝っているのか?」
「祝ってねぇよバカ!! 菜摘が普通に大学生活してるだけだろ!!」
「それが最大の問題だ」
「何でだよ」
「悪意ある敵は対処できる。だが――」
エドワードは真顔で告げた。
「悪気のない忘却ほど、殺傷能力の高いものはない」
「名言みたいに言うな!!」
「安心しろ、タクミ」
「したくねぇよ」
「お前が日本へ帰っても、私は一日三回、生存確認の連絡を入れる」
「お前は黙れバカ!! それは監視なんだよ!!」
拓海はスマホを握りしめたまま、窓の外の空を見上げた。
自分だけが、離れた場所にいる気でいた。
自分だけが、変わらない場所へ帰るつもりでいた。
けれど現実は違う。
菜摘も。
高坂も。
日本も。
自分を待ったまま止まってなどいない。
とっくに新しい春の中を、前へ進んでいた。
「……帰る場所、アップデートされてんじゃねぇかよ」
誰に言うでもなく、拓海は呟く。
卒業前に訪れた、小さな動揺。
それは、置いていかれた寂しさではなく。
“自分も進まなければならない”と知る揺れだった。
■ジョージの機密ログ(五月:新歓の残響)
五月。談話室。
僕は見ていたよ。
サエキが菜摘ちゃんのメールを、十回以上読み返しては肩を落としているのを。
サエキ。
君にとって日本は、“戻る場所”だったんだろうね。
でも菜摘ちゃんにとっての日本は、今この瞬間を生きる場所だ。
そこには高坂君もいて、BBQもあって、新歓もある。
君がいなくても、季節は進む。
残酷だけど、健全だ。
ハミルトン様。
君の“一日三回連絡”という恐怖宣言が、今だけ少し頼もしく聞こえてしまうくらい、サエキは静かに揺れているよ。
■ジョージ幕間(観測ログ:00-BAKA・BBQ防除計画編)
五月。廊下。
エドワード(総司令官):
「高坂BOY」という単語を小声で繰り返し、呪詛を蓄積中。ジョージへ
「日本到着後、全BBQ会場でマヨネーズ切れを起こせ」と経済制裁を命令。
ジョージ(特派員):
「いやー、菜摘ちゃん強いね(笑)。ハミルトン様、監視計画の主目的が“サエキ保護”
から“高坂追跡”に変わってたよ」
拓海(被写体):
「帰ってきたらどうするの?」という一文に、答えられず黙り込む。
自分が何者として日本へ帰るのか、初めて少し考え始めた。
(追記)
「あーあ(笑)」
ジョージは、スマホを胸に抱えたまま、小さく呟く拓海を見た。
「……俺のこと、少しは予約しとけよ。バカ」
そして静かにシャッターを切る。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を束縛しても。彼がいま一番置いていかれたと感じているのは、
君の隣じゃない。ずっと特別だった幼馴染の隣なんだよね(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




