第二百五十七話 「進路とは、英国諜報機関より面白そうなバカを選ぶ行為である」という話
ジョージ本当に後悔はないのか・・・?
四月末。ジョージの部屋。
机の上には、彼の人生を二分する“運命”が、整然と並べられていた。
一つは、英国諜報機関MI6から届いた、銀の紋章入り内定通知。
一つは、ハミルトン家の家紋が押された、妙に分厚い『極東監視任務契約書』。
そして、その中央。
祭壇のように鎮座するのは、最新鋭のLeica M11のカタログだった。
ジョージは腕を組み、深く目を閉じる。
「……国家に仕える誇りか」
ゆっくり右を見る。
「……それとも、この艶やかなシャッター音か」
贅沢にもほどがある悩みだった。
その時、音もなく扉が開く。
翡翠色の瞳。
無駄に気配のない足音。
説明不要の圧力。
エドワード・ハミルトンである。
「決めたか、ジョージ」
「……はい、ハミルトン様」
ジョージは静かに立ち上がり、不敵に笑った。
「祖国には感謝しています。ですが僕には―撮るべきバカがいる」
そう言って、MI6の通知を丸め、ゴミ箱へ華麗なダンクシュートを決めた。
「よろしい」
「よくないですよね、普通は(笑)」
こうして、英国の将来有望な人材は、国家ではなくバカの観測へ進路を定めた。
【ジョージ・極東ミッション準備リスト】
光学戦術:
日本家屋の障子の隙間から、昼寝中のサエキの鼻提灯を抜くための超望遠レンズ選定。
敵勢力分析:
納豆。糸引き性能が精密機器へ与える被害を調査。
人物警戒:
菜摘。高坂(善意の壁)。接近時の対応マニュアル作成。
生活導線確保:
千代田区の本邸から実家裏庭、剣道場、近所の塾まで監視導線をマッピング。
食糧支援:
全マヨネーズメーカー比較表作成。サエキへの供給ルート確保。
「ジョージ。忘れるな」
エドワードは低く告げる。
「これは監視ではない。友情の記録だ」
「その言い訳、英国政府に提出したら即拘束ですよ(笑)」
ジョージは笑いながら、新しいカメラのカタログを撫でた。
だが、その瞳には一滴だけ、本音が混じっていた。
「……まあ、本当は少し寂しいんですよね」
「何がだ」
「この二人の物語が、“卒業”なんて単語で終わることが」
エドワードは黙った。
ジョージは肩をすくめる。
「それに、あの二人を見てると退屈する暇がない」
五月初旬。
MI6の担当官から電話が入った。
『本当に辞退するのか? 君は国を背負える逸材なんだぞ!』
ジョージは窓辺で微笑む。
「ええ。申し訳ありません」
新調予定のカメラを見つめながら、続けた。
「もっと危険で、もっとバカげた任務を見つけてしまいまして」
英国諜報機関に背を向け、
一人のバカを追う男。
ジョージは、新たな人生のピントを静かに合わせた。
■ジョージの機密ログ(四月末:スカウトの敗北)
四月末。自室。
僕は見ていたよ。
ハミルトン様が“活動費”という名の札束を、僕の旅行鞄へ無言で詰め込んでいたのを。
僕が選んだのは国家機密じゃない。
サエキ拓海という野生児が巻き起こす、奇跡の瞬間だ。
ライカの重さは、捨てた将来と同じくらい心地いい。
ハミルトン様。
君は僕を雇ったつもりだろうけど、本当は違う。
“自分の代わりに、あいつの隣にいてくれ”
そう、言えなかっただけなんだろうね。
■ジョージ幕間(観測ログ:00-BAKA・MI6敗北編)
四月末。談話室。
エドワード(依頼主):
ジョージのMI6辞退を「当然の帰結」と定義。既に“納豆攪拌回数報告書”の提出フォーマットを作成済み。
ジョージ(転職者):
「いやー、人生は博打だね(笑)。ハミルトン様、
僕の航空券を“サエキの真後ろ席”で押さえようとしてたよw」
拓海(無自覚な被写体):
「ジョージ、お前なら偉い人になれんのにな」と呑気に笑っている。
自分のプライバシーが高級カメラ一台で売却されたことには一ミリも気づいていない。
(追記)
ジョージは、肩を叩くエドワードに言われた。
「ジョージ。ピントを外すなよ」
ジョージは笑って答えた。
「絞り値で追いかけますよ(笑)」
そして思う。
ハミルトン様。
君が本当に見たいのは、送られてくる写真の中の彼じゃない。
君自身の瞳に映る、本物のサエキなんだよね。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




