第二百五十五話 「ドン・キホーテとは、卒業日程という風車に突撃して砕ける男の悲劇である」という話
エドワードの必死
四月、下旬。
学生事務局前の廊下で、エドワード・ハミルトンは掲示板を指差し、真顔で宣言した。
「タクミ。見ろ。巨人だ」
「ただの事務局だバカ!! しかもあれ掲示板だろ!! どこに巨人がいんだよ!!」
拓海の全力の否定にも、エドワードは微動だにしない。
翡翠色の瞳には、掲示板に貼り出された
『六月・卒業関連スケジュール』
という名の怪物が、自分たちの“今”を握り潰そうとしている姿が、はっきり映っていた。
「あの掲示板に六月の予定表が貼られている」
「見りゃ分かるわ」
「破壊する」
「犯罪予告すんなバカ!!」
「紙切れさえ消滅すれば、六月という概念は予約外として世界から抹消される」
「概念を紙で管理してる世界なら、とっくに滅んでるわ!!」
エドワードは、手にした分厚い六法全書を槍のように構えた。
「進むぞ、タクミ」
「行かねぇよ!!」
「笑われてもいい。私は戦う」
「戦う相手そこじゃねぇだろ!!」
エドワードが一歩踏み出した瞬間、拓海が後ろから腰にしがみつく。
「離せ!!」
「離したらお前の人生終わるんだよ!!」
「終わるのは六月以降の私の人生だ!!」
「重てぇんだよバカ!!」
廊下の真ん中で、英国名門家の嫡男と日本人留学生が取っ組み合いを始めた。
下級生たちは静かに道を空けた。
背後で、ジョージがシャッターを切る。
「いやー、名場面だね(笑)」
珍しく、その声に毒はなかった。
「本当に失いたくないものの前では、人って少し滑稽になるんだ」
理想という名の“終わらない学園生活”に生きる騎士。
現実という名の“帰国”を背負い、その騎士を必死に現世へ引き戻す相棒。
二人の無謀な突撃は、四月の校舎に虚しく、けれど鮮やかに響いていた。
■ジョージの機密ログ(四月:騎士の孤独な戦い)
四月。掲示板前。
僕は見ていたよ。
ハミルトン様が、ただの予定表に対して、人生を賭けた決闘を挑もうとしているのを。
サエキ。
君という現実に選ばれたかった騎士は、六月という風車に勝てないことを、
本当は誰より知っている。
だからこそ、あんなにも無様で、あんなにも美しく狂えるんだね。
ハミルトン様。
君の突撃は卒業を止めるためじゃない。
サエキ拓海という男の記憶に、自分の姿を深く刻み込むための、最後の儀式なんだ。
■ジョージ幕間(観測ログ:00-BAKA・ラ・マンチャ編)
四月。廊下。
エドワード(騎士):
『ドン・キホーテ』を「管理社会への反逆の書」と誤読。事務局職員を悪の魔術師と認定し、
卒業日程そのものを粉砕しようとしたが、サエキにヘッドロックを食らい沈黙。
拓海:
呆れ果てているが、結局は六法全書(槍)を拾って片付けてやっている。
自分がいなくなった後、エドワードが本物の狂人にならないか、少しだけ心配になり始めた模様。
ジョージ(情報分析官):
「いやー、ファンタジーだね(笑)。ハミルトン様、掲示板のインク染みを見て、
“別れの呪いが込められている”って解析してたよ」
(追記)
「やれやれ……(笑)」
ジョージは、騒ぎの後。
床に座り込んだエドワードが、拓海の袖を掴んだまま小さく呟くのを聞いた。
「……タクミ。私の正気を、六月に奪わせるな」
拓海は呆れたように笑いながら、その手を振り払わなかった。
「ハミルトン様。君がどれだけ巨人に突撃しても。君が本当に守りたいのは、
彼と笑って過ごした、平凡な毎日なんだよね(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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