第二百五十三話 「イースターとは、卵を探す祭りではなく、相棒を失いかけた男が正気を落とす行事である」という話
残されるって寂しいもんね
五月。イースター休暇。
談話室は、進学先を決めた者たちの未来予想図で賑わっていた。
「オックスフォードだ」
「いや、ケンブリッジだろ」
「ロンドンで自由に暮らすのも悪くない」
皆が“次の場所”を語っている。
その中で、拓海だけが菓子をつまみながら、あまりにも軽く言った。
「俺、六月になったら日本帰るわ」
その一言が、エドワード・ハミルトンの正気を、正面から叩き折った。
恒例のイースターエッグ探し。
色とりどりの卵が庭に隠され、生徒たちは歓声を上げながら奪い合っていた。
拓海が一つ拾い上げ、殻を割る。
中に入っていたのは菓子ではなく、一枚の書類だった。
『サエキ拓海・英国残留届(※署名欄記入済み)』
「……おいエド」
「何だ」
「卵の中に、正面から予約外のゴミ入ってんだけど」
「ゴミではない」
エドワードは真顔で答えた。
「お前の未来という名の福音だ」
「福音が勝手に署名すんなバカ!!」
その日、エドワードは一度も笑わなかった。
ただ無表情のまま、
「タクミ、そこにいろ」
「タクミ、水分は摂ったか」
「タクミ、その菓子は没収だ」
と、呼び止める回数だけが異常に増えていく。
彼は既に見ていた。
六月以降の、拓海のいない談話室。
隣に誰もいない机。
「バカ」と返ってこない日々を。
教師が通りがかり、呆れたように言った。
「ハミルトン。君だけ時間が止まって見えるぞ」
「安心してください、先生」
エドワードは静かに答えた。
「止まっているのではありません。私が止めるのです」
「何をだ」
「全てを」
「怖いな」
■ジョージ召喚会議(深夜・書斎)
時計が深夜を回った頃。
エドワードは自室に一人の男を呼び出していた。
「ジョージ。座れ」
「ろくでもない話だね(笑)」
ジョージがソファへ沈む。
エドワードは翡翠色の瞳で告げた。
「日本へ行け」
「やっぱりね」
「タクミを追え」
「MI6の進路相談じゃなく、サエキ追跡業務だったか」
【極東派遣任務】
拓海の生活状況確認
菜摘・高坂周辺の情報収集
勉学進捗報告
食生活改善(特にマヨネーズ制限)
「ハミルトン様、一人で全部?」
「友情に、国境はない」
「その理屈、英国法でも厳しいよ(笑)」
エドワードは一枚の紙を差し出した。
日本滞在費、全額負担。
ライカ新型機支給。
ハミルトン家機密資料閲覧権限。
ジョージは即答した。
「行くよ」
春は皆に未来を運ぶ。
けれどエドワードだけは、過去と現在を繋ぎ止めるため、
巨大な予約の中に一人取り残されていた。
■ジョージの機密ログ(五月:復活祭の裏側)
五月。イースター。
僕は見ていたよ。
ハミルトン様が、サエキの帰国を“戦線離脱”と定義し、ジョージという名の弾丸を装填するのを。
サエキ。君は「また来るし」と笑っているけれど。
君が日本で納豆を混ぜている頃、僕のカメラは君を追っている。
ハミルトン様は、君を自由にするつもりなんて、一ミリも検討していないんだ。
■ジョージ幕間(観測ログ:00-BAKA・極東派遣前夜編)
五月。談話室。
エドワード(総司令官):
サエキの帰国を「一時的潜伏」と定義。ジョージ派遣により、日本国内監視網の構築を開始。
ジョージ(特派員):
「いやー、楽しみだね(笑)。ハミルトン様、日本でのサエキの行動半径を
ドローン管理しようとしてたよ」
拓海(標的):
「今日の卵、全部ハズレだったんだけど!?」と怒っている。
自分のプライバシーが国際取引されたことにはまだ気づいていない。
(追記)
「あーあ(笑)」
ジョージは、誰もいない談話室で、拓海の椅子を見つめながら小さく呟いたエドワードを見た。
「……六月など、来なければいい」
そしてシャッターを切った。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を追跡しても。君が本当に見たいのは、画面越しじゃなく、隣で笑う彼のバカ面なんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




