第二百五十一話 「試験とは、学力を測る制度ではなく、理屈屋が野生児の未来を答案用紙に書かせようとして暴走する催しである」という話
試験は大変です
クレストフィールド学院
四月。
春の浮かれた空気など微塵もない談話室で、教師が最後通告を突きつけた。
「来月から卒業試験だ。ここで培った全てを、解答用紙に叩きつけてこい」
談話室には、悲鳴、祈祷、現実逃避が一斉に広がった。
「終わった……」
「まだ何も覚えてない」
「神よ」
「今から神に頼るな」
そんな中、拓海だけが他人事のように欠伸をした。
「へー。ついに来たか。ま、なんとかなるだろ」
「何故他人事なんだ、タクミ!!」
エドワードが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
「お前のその楽観が、私の心臓を一秒に一兆回ほど無駄打ちさせているのが分からんのか!」
「お前の心臓、燃費悪すぎだろ」
その瞬間、拓海の平和な日常は、ハミルトン式受験監獄へと塗り替えられた。
起床時間は秒単位。
食事は味覚という概念を捨てた高栄養ペースト。
机には、ハミルトン家が総力を挙げて編纂した『佐伯拓海・絶対合格問題集』が
エベレストのように積まれる。
「タクミ。トイレか」
「そうだよ」
「予約表によれば、お前の排泄時間は三分後だ。今は暗記に集中しろ」
「刑務所かバカ!! 排泄くらい自由にさせろ!!」
「黙れ。お前の脳細胞一つ一つに、私の理屈を刻み込むまで、瞬きすら許さん」
「アイアンサイド先生! こいつ人権侵害してます! 助けて!」
廊下を通りかかったアイアンサイド先生は、青白い顔で計算表を叩くエドワードと、
椅子に縛りつけられそうな拓海を見て、満足げに鼻で笑った。
「いい傾向だ。ハミルトン、もっとやれ」
「先生!?」
「サエキが逃げ出さないよう、必要なら教室の窓を溶接しておいてやろう」
「先生までバカになってんじゃねぇよバカ!!」
だが、その狂騒の中で、教師がふと漏らした。
「この試験が終われば、お前もここを出るんだからな」
誰も、すぐには次の言葉を出せなかった。
拓海のペンが止まる。
エドワードの口も閉じる。
試験。
それは未来へのパスポートであると同時に、
この騒がしい“今”を強制終了させる、無慈悲なカウントダウンでもあった。
「……だからこそ」
エドワードが低く言った。
「一問でも落とすな、タクミ」
「そこで戻ってくんなよ、バカ」
拓海はそう言いながらも、もう一度ペンを握り直した。
■ジョージの機密ログ(四月:試験という名のカウントダウン)
四月。監獄と化した談話室。
僕は見ていたよ。
ハミルトン様が、サエキの耳元で公式を子守唄のように囁き続けているのを。
サエキ。
君が必死に問題を解いているその横顔。
ハミルトン様にとっては、それが「自分の隣にいさせるための最後の手続き」に見えているんだね。
アイアンサイド先生。
君の嬉しそうな顔は、サエキが卒業することへの喜びなのか、
それともハミルトン様という怪物を手懐けた達成感なのか。
どちらにせよ、この学園の空気は、少しずつ終わりの匂いで満ち始めているよ。
■ジョージ幕間(観測ログ:00-BAKA・受験監獄編)
エドワード(看守長):
試験勉強を「サエキの脳内ハミルトン化計画」と定義。鉛筆を握ると微弱な電流が流れる集中力強化仕様を提案したが、ジョージに「虐待だよ(笑)」と止められた。
拓海(囚人):
エドワードの栄養管理のせいで、逆に野生の勘が研ぎ澄まされ、問題を見る前に答えを当て始めている。
ジョージ(情報分析官):
「いやー壮絶だね(笑)。ハミルトン様、サエキが寝落ちした瞬間、“この寝顔、私の理屈でコーティングして永久標本にしたい”って、標本作家みたいなこと言ってたよ」
(追記)
「やれやれ、だよwwww」
ジョージは、問題集に突っ伏して寝ているサエキの背中に、エドワードがこっそり “愛” とサインを書こうとしている瞬間を激写した。
「ハミルトン様。君がどれだけ彼を解答用紙に縛り付けても――」
「君が一番解きたいのは、試験が終わった後の、彼との予約外の未来なんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




