第二百五十話 「旅とは、新天地を目指す行為ではなく、相棒の帰国予定を聞いた男が同行理由を必死に探す現象である」という話
なんかジョージのせいで長くなってる気がしています。
クレストフィールド学院、三月、下旬。
図書室。
午後の陽光が高窓から差し込み、静かな机上に淡く積もっていた。
その穏やかな空気を、エドワード・ハミルトンが一冊の和書と共に粉砕した。
ドン!!
『おくのほそ道』が、机へ叩きつけられる。
「タクミ!!」
翡翠色の瞳を血走らせ、エドワードは立ち上がった。
「芭蕉は言った! 『草の戸も住み替はる代ぞ、雛の家』とな!」
「嫌な予感しかしねぇ」
「これは、お前の日本の家をハミルトン領へ編入し、
雛人形の代わりに私が鎮座せよという暗示だ!」
「一文字も合ってねぇよバカ!! 芭蕉が領土拡大すんな!! 雛壇にお前いたら夜泣くわ!!」
拓海の全力否定にも、エドワードは一切動じなかった。
「黙れ。旅とは同行者がいて初めて成立する。
芭蕉に曾良がいたように、お前には私が必要だ」
「いらねぇよ」
「私は段ボール箱に潜入してでも日本へ同行する」
「不法入国で捕まれバカ!!」
エドワードはすでに世界地図を広げ、日本列島の各所へ赤いピンを刺し始めていた。
東京。関東近郊。駅前。実家周辺。通学路(予測)。近所のコンビニ(重要)。
「何その犯罪者の作戦盤!? 最後のコンビニが一番怖ぇよ!!」
「いいか、タクミ」
エドワードは地図を押さえ、妙に真剣な声で言った。
「行く者には、踏みしめる道がある」
「……」
「だが、残される者には、血涙で濡れた地図しか残らん」
拓海は一瞬だけ黙った。
ほんの少し、胸の奥が引っかかった。
けれど次の瞬間。
「ゆえに私は行く。芭蕉もまた、寂しさのあまりお前を追って奥羽へ向かったに違いない」
「芭蕉の旅の意味を改ざんするなバカ!!」
エドワードはさらに頁をめくり、勝ち誇ったように指を突きつけた。
「見ろ! 『閑さや 岩にしみ入る 蝉の声』!」
「有名だな」
「これは、お前が帰国した後の寮を詠んだ句だ。
お前のいない静寂に、私の叫びだけが染み渡る」
「蝉に謝れバカ!!」
「さらに『夏草や 兵どもが夢の跡』!」
「それも有名だな」
「お前と暴れ回った談話室を見た私の心境だ」
「私物化が止まらねぇんだよ!!」
エドワードは『おくのほそ道』を完全に、拓海追跡許可証として誤読していた。
最後には黒スーツの上着を翻し、窓辺に立つ。
「私も墨染めの衣をまとい、名を捨て、影となってお前を追う」
「ただの怪しい男なんだよ!!」
「松島では、お前の名を三度叫ぶ」
「観光地に迷惑かけんな!!」
拓海は腹を抱えて笑いながら、しかし少しだけ困った顔で言った。
「……来んなよ」
「行く」
「来んな」
「行く」
「……そんな泣きそうな顔して言うなバカ」
エドワードはぴたりと止まった。
「……泣いていない」
「目がうるせぇんだよ」
春の風が窓を鳴らす。
図書室の静けさの中で、二人だけがいつも通り騒がしかった。
■ジョージの機密ログ(三月:松尾芭蕉・ストーカー編)
三月。図書室。
僕は見ていたよ。
ハミルトン様が、松尾芭蕉の旅情を、すべてサエキ追跡計画へ変換していく恐るべき知性を。
サエキ。
ハミルトン様にとって日本文学とは、君を追いかけるための査証なんだね。
「閑さや」は寂しさに。
「夏草や」は思い出に。
「奥の細道」は不法侵入経路に。
解釈の暴力がすごいよ。
ハミルトン様。
君が旅したいのは日本じゃない。
彼がまだ隣にいる、少し先の時間なんだろうね。
■ジョージ幕間(観測ログ:00-BAKA・奥の細道私物化編)
三月。廊下。
エドワード(芭蕉の再来):
『おくのほそ道』を「同行要求の法的根拠」として扱う。航空機を曾良号と命名済み。
拓海(被写体):
「来んな」と言いながら、少しだけ嬉しそうだった。面倒くさい。
ジョージ(情報分析官):
「いやー、名作だね(笑)」
(追記)
ジョージは、エドワードが床へ膝をつき、
「タクミ。同行させろ」
と真顔で懇願し、
「予約満席(定員一名)なんだよ、バカ!!」
と足で押し返されている瞬間を記録した。
「ハミルトン様。君がどれだけ古典を私物化しても―
一番旅をしたい場所は、彼が笑って待っている未来なんだよね(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




