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第二百四十八話 「二年後とは、適当に言った期限ではなく、教師に具体策を要求される恐ろしい数字である」という話

拓海の計画編?

クレストフィールド学院。三月。面談室。

重厚なマホガニーの机を挟み、拓海は担任教師と向かい合っていた。


窓の外では、まだ硬い枝先が、春を待つ風に揺れている。

廊下の向こうには、エドワード・ハミルトンがいるはずだった。


面談室への同行は却下され、現在は「正面から予約された監視」を扉の外で継続中である。

だが、この部屋の中にまでは、その理不尽な圧も届かない。


教師は資料に目を落としたまま言った。


「サエキ。前回、お前はこう言ったな。日本へ戻る。

二年後、再び英国へ来る可能性もある、と」


「……言ったな」


「今回はその“可能性”の話をする。具体的に、どうするつもりだ」


拓海は椅子に深く座り直し、頭を掻いた。


「どうするって……日本で二年、家のこと手伝って、そのあとこっちの大学受ける」


「どこの大学だ」


「エドと同じとこ」


教師の視線が、初めて真正面から拓海を射抜いた。


「理由は」


「……なんとなく」


「却下だ」


即答だった。


「お前の成績なら、届く可能性はある。そこは問題じゃない」


「えっ」


「問題は、日本へ戻った二年間だ。


勉強をやめず、英語を鈍らせず、熱を冷まさず、積み上げ続けられるか。そこだ」


拓海は口を開きかけて、閉じた。

教師は淡々と続ける。


「お前は要領がいい。頭も回る。だが、放っておくと楽な方へ流れる」


「ひでぇ言い方だな」


「事実だ」


「……否定しづれぇ」


「二年という時間は、鍛える者には武器になる。

怠ける者には、取り返しのつかん空白になる」


静かな部屋に、その言葉だけが重く落ちた。

拓海はしばらく黙っていた。

膝の上で組んだ手が、わずかに動く。


それから、ぽつりと口を開いた。


「……待って。ちゃんと言うから」


教師は何も言わず、続きを促した。

拓海は窓の外へ目を向ける。

春を待つ木々。その向こうに、石造りの校舎が見える。


「あいつと、もう少し一緒にいたいんだ」


「……」


「勝つとか負けるとか、並びたいとか、そんなんじゃねぇ」


言葉を探すように、ゆっくり続ける。


「同じ場所にいりゃ、まだ馬鹿やれるだろ。

俺があいつの理屈を笑って、あいつが俺に呆れて。そういう時間が、まだ終わってほしくねぇ」


拓海の指先に、少しだけ力が入った。


「その四年が終わったら、日本に帰る。自分の生活やる。そこは決めてる」


教師は黙って聞いている。


「でも……たぶん、その四年が、一番好き勝手できる最後の時間な気がするんだ」


少し照れたように鼻をこする。


「だから、そのくらいは、自分で選びてぇ」


面談室に沈黙が落ちた。

それは、未来のための完璧な計画ではない。

終わってほしくない今を、少しだけ先へ伸ばしたいという、

ひどく不器用で、ひどく若い願いだった。

教師は長く息を吐いた。


「……ようやく進路らしいことを言ったな」


拓海は肩をすくめる。


「最初から言ってたつもりだけど」


「全然足りん」


教師はペンを取り、資料へ何かを書き込んだ。


「甘い。計画も粗い。二年空けば普通に落ちる」


「急に刺してくんなよ」


「だが、理由としては嫌いじゃない」


「……え?」


「やるなら徹底的にやれ。

日本の二年間で、英語を落とすな。学力を鈍らせるな。生活も崩すな」


「ニート計画が死んだ……」


「最初から死んでいる」


拓海は天井を見上げた。


「厳しすぎんだろ、この国……」


「国の問題じゃない。お前の問題だ」


教師は最後の欄に、力強く記した。

進学候補:英国上位校(ハミルトン同系統)

条件付き可。本人の継続努力次第。


そして、ふと顔を上げる。


「……ハミルトンには話したか?」


「いや」


「なぜだ」


拓海は即答した。


「言ったら、正面から一万回くらい自慢するだろ。うるせぇし」


教師は一瞬だけ口元を緩めた。


「……そうか」


扉の向こうから、何かがぶつかる音がした。


ドン。


「…………」


「…………」


「……盗み聞きしてるな、あいつ」


「だろうな」


拓海は立ち上がり、鞄を肩に掛けた。


「先生」


「なんだ」


「……ありがと」


教師は書類から目を上げずに言った。


「頑張れよ、バカ」


拓海は少し笑って、面談室を出た。


扉の外には、腕を組み、平静を装いながら耳だけ真っ赤なエドワードが立っていた。


「……何を話した」


「お前の悪口だよ、バカ」


「詳しく聞こう」


「やだね」


拓海の瞳の奥には、誰にも言っていない“延長戦”への覚悟が、静かに灯っていた。


■ジョージの機密ログ(三月:秘密の誓い)

三月。面談室の外。

僕は見ていたよ。


ハミルトン様が、扉に耳を当てたい衝動と貴族の矜持の間で、十五分ほど揺れ続けていたのを。


サエキ。

君が「四年だけ好きにしたい」と言ったその言葉は、

将来設計なんかより、ずっと若くて、ずっと本物だった。


ハミルトン様。

君はまだ知らない。

君の隣を予約し続けているのは、君の理屈だけじゃない。

サエキ拓海という男の、静かなわがままでもあるんだ。


■ジョージ幕間(観測ログ:00-BAKA・密室のインテリジェンス編)


エドワード(監視員):

面談内容が聞こえず動揺。三度ほど通り過ぎるふりをして扉の前を往復。


拓海(被写体):

人生で初めて、自分の未来を少しだけ自分で決めた。


担任教師(常識人):

疲れたが、少し報われた。


ジョージ:

「いやー、青春だね(笑)」


(追記)

ジョージは、教師が誰にも聞こえない声で「頑張れよ、バカ」と言った瞬間を記録した。

「ハミルトン様。君がどれだけ彼を管理しても―

彼が一番の答えを出したのは、君がいない場所だったんだよ(笑)」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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