第二百四十三話 「写真とは、思い出を残す技術ではなく、野生児を一瞬だけ静止させるための高度な捕獲術である」という話
卒業写真(何故かエドワード付き)
クレストフィールド学院三月。
卒業写真撮影会。
歴史ある校舎を背に、卒業を控えた最上級生たちが正装で中庭へ整列していた。
磨かれた靴。
整えられた髪。
未来ある若者たちの門出に相応しい、凛とした空気。
―の、はずだった。
「ハミルトン、佐伯からを離しなさい」
教師の声が朝一番から飛ぶ。
「無理です」
即答だった。
「何が無理なんだよ!!」
拓海が叫ぶ。
エドワードは完璧な微笑みを崩さぬまま、拓海の肩を背後から固定していた。
その指の入り方は友人への接触ではない。
猛獣を麻酔なしで搬送する職人の手つきだった。
「タクミが動く」
「動くに決まってんだろ!」
「ネクタイも曲がる」
「知らねぇよ!」
「髪も跳ねる」
「生きてりゃ跳ねる時もあるわ!!」
周囲の生徒たちは整列しながらざわついていた。
「また始まった」
「今年もあの二人隣なんだな」
「離したら佐伯が逃げるし、ハミルトンが追うからな」
「写真どころじゃなくなる」
「先生も諦めてる顔してる」
全部事実だった。
エドワードは拓海のネクタイを直しながら低く告げる。
「タクミ。正面から見て、お前のネクタイが三度傾いている」
「三度ってなんだよ!」
「私の心がざわつく角度だ」
「知らねぇよ気持ち悪ぃな!!」
「さらに前髪が一房反乱している」
「髪に思想持たせるな!!」
教師が額を押さえた。
「ハミルトン、写真は記録だ。拘束ではない」
「認識が浅いですね」
「何?」
エドワードは真顔だった。
「写真とは、一瞬を永遠に固定する技術です」
「まあ……そうだが」
「つまり、卒業後タクミが日本へ逃亡した後も、この一枚さえあれば精神的拘束が可能です」
「怖ぇよ!!」
「佐伯、逃亡予定なのか?」
「してねぇよ!!」
「でも今したくなっただろ?」
「超したい!!」
ジョージが少し離れた位置から勝手に連写していた。
「いやー青春だね(笑)」
「お前も止めろ!!」
「無理だよ。今日は公式撮影より面白い素材が目の前にある」
カメラマンが声を張る。
「はい、皆さん前を向いて! 自然な笑顔でお願いします!」
その瞬間、拓海が変顔しようと口を歪めた。
だがエドワードは読んでいた。
「逃さん」
「なっ――」
拓海の腰を引き寄せ、肩を固定し、顔を正面へ向ける。
「予約完了だ」
「その言葉やめろ!!」
フラッシュが焚かれた。
撮影終了後。
生徒たちがざわめく。
「今の見たか」
「完全に捕獲だったな」
「佐伯先輩、野生動物枠なんだ」
「ハミルトン先輩、飼育員じゃなくて所有者だろ」
「誰か卒業アルバム確認しろ。あの二人だけ婚約写真になってるぞ」
数日後。写真確認。
全員が程よい距離感で並ぶ中、そこだけ異様だった。
不満げに口を尖らせた拓海。
その肩を当然のように抱くエドワード。
妙に収まりのいい二人。
教師が写真を見て沈黙した。
「……なぜ君たちだけ新郎新郎なんだ」
「誰が新郎だバカ!!」
「では左が新郎で右が花婿か」
「増やすな!!」
「私はどちらでも構わん」
「黙れ!!」
■ジョージの機密ログ(三月:静止した野生)
三月。卒業写真撮影会。
僕は見ていたよ。
ハミルトン様が、サエキという暴れる生命体を、
たった一枚の写真の中へ封じ込めようとしていたのを。
サエキ。
君は暴れ、怒鳴り、逃げようとした。
なのにハミルトン様の隣へ立つと、妙に完成された構図になる。腹立たしいね。
ハミルトン様。
君は今日、最高の戦利品を手に入れた。
三か月後の別れを前に、写真の中だけでも彼を永遠に隣へ置く権利をね。
■ジョージ幕間(観測ログ:男子校の春編)
三月。中庭。
エドワード:
卒業写真を「サエキ永久所有権証明書」と定義。危険。
拓海:
まともな写真を望んだが、密着固定により失敗。
同級生一同:
「あれはもう伝統芸能」
ジョージ:
「いやー名作だね(笑)。百年後に後輩たちが“伝説の二人”って語るやつだよ」
(追記)
ジョージは、撮影後に逃げ出したサエキのマフラーをエドワードが掴み、
無言で引き戻している瞬間を激写した。
「ハミルトン様。君がどれだけ写真を固定しても――」
「一番撮りたいのは、明日も君に悪態をつきながら隣にいる、動いているサエキなんだろうね(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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