第二百四十一話 「無常とは、世の移ろいを嘆く思想ではなく、卒業によって相棒が物理的に離脱する現実へ耐えられない男の悲鳴である」という話
段々卒業が近づきましたねぇ
クレストフィールド学院
二月。ハーフターム明けの図書室。
休暇の静けさが去り、校舎には少しずつ人の気配が戻り始めていた。
それでも卒業式の足音は、以前よりずっと近い。
そんな午後。
エドワード・ハミルトンは、日本語訳された『方丈記』を机へ叩きつけた。
乾いた音が、静かな図書室へ不穏に響く。
「タクミ」
「嫌な予感しかしねぇ」
「鴨長明は言った。―ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」
「うん」
「私は、この理屈を認めん」
「作者に喧嘩売るなバカ!!」
拓海が向かいの席で参考書を閉じる。
「だいたい川の流れなんて止められねぇだろ。世の中そういうもんなんだよ」
「浅い」
「何がだよ」
「河が流れるのは自然現象だ。理解できる」
エドワードは腕を組み、翡翠色の瞳を細めた。
「だが、お前という水が、卒業という名の河を流れ、ハミルトン家以外の海へ合流するなど」
一拍置く。
「万有引力の法則が許しても、私が許さない」
「理科まで敵に回すな!!」
エドワードは立ち上がり、図書室の机上に紙を広げた。
設計図だった。
「何それ」
「方丈の庵だ」
「ちっちゃい家?」
「違う」
彼は真顔で言った。
「サエキ専用・移動式方丈の庵」
「嫌な単語しかねぇな」
「お前が日本へ流れるなら、私も流れに乗る」
「乗るな」
「どこへ行こうと、半径三メートル以内に居住可能な可搬式住居だ」
「監視車両じゃねぇか!!」
「無常への対策として合理的だ」
「合理の使い方間違ってんだよ!!」
エドワードは設計図を指で叩いた。
「いいか、タクミ。世の中が移ろうというなら」
「嫌な続き方してるな」
「私は、お前という一瞬を永遠へ固定する」
「怖ぇよ!」
「そのためのダム建設も視野に入れている」
「人の人生を治水事業みたいに言うなバカ!!」
その横で、ジョージが珍しく無言でシャッターを切っていた。
いつもの軽薄な笑みがない。
数枚撮ったあと、レンズを下ろす。
「……ところでさ」
「なんだよ」
「僕も卒業なんだよね」
「「……あ」」
拓海とエドワードが同時に止まった。
図書室が一瞬、本当に静かになる。
ジョージは肩をすくめた。
「僕がいなくなったら、誰が君たちの“正面からの予約”を記録するんだい?」
「そこ心配してたのかよ」
「重要事項だよ」
ジョージは遠い目をした。
「卒業後の進路としては、MI6か、“サエキ事変・第二章”の配信環境維持かで迷ってるところなんだ」
「同列に置くな」
「なお後者が本命だね」
「国家に謝れ」
エドワードは腕を組んだまま頷いた。
「ジョージ」
「何かな」
「貴様に、ハミルトン家専属・サエキ追跡調査官の椅子を用意してやろう」
「就職先が地獄だね(笑)」
「年金は厚いぞ」
「条件が生々しいな」
「てか受けるなよ!?」
拓海は頭を抱えた。
「なんなんだよお前ら……卒業ってもっとこう、未来とか希望とか語るもんじゃねぇのかよ」
ジョージが笑う。
「語ってるじゃないか」
「どこがだよ」
「君を中心にね」
「最悪だよ!!」
エドワードは再び『方丈記』を開いた。
「タクミ」
「まだ何かあんのか」
「私は無常を認める」
「お」
「……だが、お前に限っては例外だ」
拓海は数秒黙り、椅子から立ち上がった。
「帰る」
「待て」
「重てぇんだよバカ!!」
ジョージはその背中を撮った。
走って逃げる拓海。
追いかけるエドワード。
その後ろ姿へ呆れながら笑う自分。
シャッター音が、図書室へ小さく響く。
もうすぐ、この日常も終わる。
だからこそ、今だけはまだ笑っていようと思った。
■ジョージの機密ログ(二月:無常観の崩壊)
二月。卒業目前。
僕は見ていたよ。
ハミルトン様が、“流れる河(サエキの帰国)”を物理的に堰き止めようとしているのを。
サエキ。
君という水は、もうすぐここを離れていく。
けれど彼は、その一滴すら逃さぬよう、心のバケツだけを巨大化させて待っている。
そして僕もまた、ここを去る。
君たちを撮り続けた記録係まで卒業するなんて、少し出来すぎた皮肉だよね。
君のいないサエキ事変。
僕のいないサエキ事変。
どちらも少し、ピントが甘い。
■ジョージ幕間(観測ログ:卒業後の通信環境編)
二月。談話室。
エドワード:
鴨長明の無常観を「管理不足による流出事故」と定義。危険思想。
拓海:
卒業の現実より、周囲二名の執着密度に先に潰されそう。
ジョージ:
「いやー青春だね(笑)。誰一人、正しい方向へ進んでないけど」
(追記)
ジョージは、逃げるサエキへ本気で『方丈記』
を投げようとして教師に止められたハミルトン様を激写した。
「ハミルトン様。君がどれだけ無常を拒んでも―」
「一番失いたくないのは、今日という日を彼と笑い飛ばした、
この馬鹿みたいな時間なんだろうね(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




