第二百四十話 「休暇とは、自由時間ではなく、距離感の壊れた男が二十四時間干渉してくる特別期間である」という話
拓海君こんなにのんびりしてていいんじゃろか
二月。ハーフターム(中間休暇)。
多くの生徒が実家へ帰り、校舎から人の気配がごっそり消えた。
残されたのは、卒業試験を控えた数人の上級生と、
帰省という選択肢を「サエキの監視に支障が出る」の一言で却下した男だけだった。
人気のない廊下を、拓海が一人で歩く。
足音がやけに響く。
静かすぎて、逆に落ち着かない。
「……静かすぎんだろ、ここ」
背後から即座に声が飛ぶ。
「ようやく世界が正常化したな」
「してねぇよ」
振り向けば、エドワードがぴたりと真後ろに立っていた。
「おい。なんで毎回、気配なく背後取ってんだよ」
「お前の警戒心が低い」
「お前だけには言われたくねぇ」
エドワードは一歩前へ出る。
「タクミ。左へ三センチ寄れ」
「なんで」
「お前の吐息の反響音が、予約外に乱れている」
「そんなもん聞こえねぇよバカ!!」
食堂も縮小営業だった。
普段なら騒がしい広い空間に、今いるのは数人だけ。
スプーンの当たる音まで響くほど静かだ。
拓海はトレイを持って眉をしかめた。
「広すぎて落ち着かねぇ……」
「安心しろ」
エドワードが当然のように隣へ座る。
「この空間で最も価値ある席は、お前の隣だけだ」
「だから!全部気持ち悪ぃんだよ」
「褒め言葉として受け取ろう」
「受け取んなよオイ」
スープを一口飲んだ拓海が顔をしかめる。
「ぬるい」
「厨房へ言ってこよう」
「やめろ!! なんでお前すぐ裏方に介入しようとすんだよ!!」
「お前の食事環境改善は急務だ」
「学校の運営に口出すなバカ!!」
午後。図書室。
拓海は「静かだから寝られる」という極めて不純な理由で、窓際のソファへ寝転がった。
その五分後。
目を開けると、自分の周囲に机が増えていた。
「……なんで?」
正面には資料の山。
左には紅茶。
右には毛布。
背後にはエドワード。
「学習、休憩、補給、監視の四拠点だ」
「軍事基地かよ!!」
「臨時司令部とも言う」
「言わねぇよ!!」
エドワードは椅子へ腰掛け、優雅に脚を組んだ。
「静かだ。雑音のない世界で、お前の心拍数だけを数えられる」
「怖ぇよ」
「これこそ真の休暇だ」
「ストーカーの夏休みじゃねぇんだよバカ!!」
夕方。中庭。
冷たい風が芝を撫で、ベンチには薄く霜が降りていた。
拓海が腰を下ろした瞬間、エドワードが隣へ座り、
コートの裾を広げて包み込むように肩へかけた。
「寒い」
「だから包囲した」
「包囲って言うな」
「保護でもいい」
「もっと普通の言葉選べ」
エドワードは冬空を見上げた。
「焦る必要はない」
「何が」
「試験も進路も卒業も」
「……」
「お前の未来は、既に私の中で数式化されている」
「やめろ」
「お前はただ、私の射程圏内でバカと言っていればいい」
「お前の射程圏、地球規模で重てぇんだよバカ!!」
拓海の声だけが、静かな校庭へ元気よく響いた。
■ジョージの機密ログ(二月:半分止まった世界)
二月。ハーフターム。
僕はレンズ越しに、この“半分だけ止まった学校”を記録している。
サエキ。
君は「静かで落ち着く」と言いながら、結局いつも以上の声量で
ハミルトン様へツッコミを入れていた。
この校舎で今、一番元気なのは君の肺活量だよ。
ハミルトン様。
他の生徒が消えたこの学校は、君にとって“サエキ展示用の巨大ショーケース”になったらしいね。
普段は人目を気にして一歩引いていた距離が、
休暇に入った瞬間ゼロを通り越してマイナスになっている。
卒業前の静寂。
それは嵐の前触れではなく、君たちの腐れ縁が誰にも邪魔されず深まるための、
予約済みの空白期間なんだろうね。
■ジョージ幕間(観測ログ:休暇中の生態調査編)
二月。誰もいない談話室。
エドワード:
休暇を「サエキ二十四時間管理強化週間」と定義。食堂・図書室・中庭すべてで同行。怖い。
拓海:
人がいなくて快適になると思った結果、干渉密度が三倍になり窒息寸前。
ジョージ:
「いやー密度高いね(笑)。ハミルトン様、サエキが寝落ちした瞬間、
“この静寂、独占の味だな”ってワインみたいに言ってたよ」
(追記)
ジョージは、誰もいない中庭でエドワードの膝を枕にしながら、
「……重てぇんだよ、バカ……」
と寝言を言っているサエキを激写した。
「ハミルトン様。君がどれだけ干渉だと主張しても、
その幸せそうな顔こそが人生最大の自由時間なんだよ(笑)」
「タクミ。起きろ。夕食の時間だ」
「もうそんな時間か」
「もちろん私の隣だ」
「やっぱ起きねぇ…」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




