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第二百三十八話 「報告とは、完成した答えを披露する場ではなく、逃げずに向き合う意思だけを先に差し出す行為でもある」という話

拓海は拓海で考えてる…はず?

クレストフィールド学院

二月。夜。

新学期の慌ただしさも少し落ち着いた寮の談話室には、暖炉の火と、

試験勉強から逃げてきた生徒たちのだらけた空気が漂っていた。


その中央で、佐伯拓海は珍しく落ち着かない様子で電話番号のメモを睨んでいた。


「……タクミ」


向かいで本を読んでいたエドワードが、ページをめくる手を止める。


「何をしている」


「見りゃわかんだろ」


「わからん。お前が真面目な顔をしている時点で異常事態だ」


「失礼だな、バカ」


拓海は受話器を手に取った。


「家に電話する」


エドワードの姿勢が一ミリだけ正された。


「……私の同席は」


「いらねぇ」


「非合理的だ」


「うるせぇ」


「記録係なら務まる」


「もっといらねぇよ」


数メートル離れた棚の陰で、ジョージがそっとカメラを構えた。


コール音が数回鳴ったあと、母が出た。


『あら珍しい。拓海から電話なんて』


「なんだよその言い方」


『生存確認は手紙で済む子だと思ってたもの』


「ひでぇな」


母の笑い声の向こうで、誰かに「拓海よ」と伝える声がする。

すぐに受話器の向こうの空気が変わった。


『拓海』


父、佐伯和也だった。


「……はい」


『どうした』


「いや、どうしたっていうか……この前の進路の話」


『ああ』


短い一言なのに、逃げ道が消える音がした。


拓海は頭を掻いた。


「とりあえず、卒業したら一回戻る」


暖炉が、ぱち、と鳴る。


背後でエドワードの気配が凍った。


電話口では数秒、沈黙。


『……そうか』


父の声は低く、感情を読ませない。


『それで』


「それで、あとはそっち戻ってから話す」


『どういうことだ』


「ちょっと色々考えてんだよ」


『色々、では通らん』


「電話じゃ長ぇし、うまく言えねぇ」


父が息を吐く音がした。


『大学は』


「いったん保留にしといてくれ」


『保留?』


「決めてねぇわけじゃねぇ」


拓海は珍しく、言葉を選ぶように間を置いた。


「ちゃんと考えてる。だから、帰ってから顔見て話す」


談話室の空気が少しだけ変わった。

だらけていた生徒たちも、なんとなく声を潜める。


しばらくして、父が口を開いた。


『……お前が、“ちゃんと考えている”と言うのは珍しいな』


「ひでぇ評価だな」


『事実だ』


「否定できねぇのが腹立つ」


その時、母の声が横から割り込んだ。


『拓海』


「ん?」


『帰ってきたら、まずご飯食べなさい』


「へ?そこ?」


『大事よ。真面目な話はお腹いっぱいでやるもの』


「まあ……それはそう…なのか?」


続いて別の声。


『拓海?』


「げ。まだいたんか」


詩織だった。


『せっかくの帰省だもの。で、決めたって?』


「んーー、ま-な」


『そう?でも、いい声してるわ』


「は?」


『逃げる声じゃない』


拓海は黙った。


『帰ってきなさい。続きはそこで聞く』


その言葉だけは、少し柔らかかった。


最後に父が戻る。


『拓海』


「はい」


『戻ると決めたなら戻れ』


「……うん」


『その先の話は、そこで聞く』


「……うん」


『以上だ』


通話は切れた。


拓海は受話器を置き、長く息を吐いた。


「……つっかれた」


「当然だ」


背後から低い声がした。


振り向けば、エドワードがいつの間にか真後ろに立っていた。


「近いわ!!」


「説明しろ」


「何を」


「“とりあえず戻る”とは何だ」


「そのまんまだよ」


「“色々考えている”とは何だ」


「色々だよ」


「私にも話せ」


「まだやだ」


「なぜだ」


拓海はソファに倒れ込みながら答えた。


「お前、途中で騒ぐだろ」


「騒がん」


「今もう騒いでる」


エドワードは数秒黙り、静かに言った。


「……大学保留、という言葉だけは評価する」


「なんで上からなんだよ」


「希望が残った」


「きっしょい言い方すんな、バカ」


エドワードは腕を組み、暖炉の火を見つめた。


「タクミ」


「なんだよ」


「戻るのは許可する」


「お前に権限ねぇよ」


「だが」


翡翠色の瞳が細まる。


「戻った先で、お前の未来が凡庸に処理されるのは認めん」


拓海は片目だけ開けた。


「……何その宣戦布告みたいなの」


「事実だ」


「めんどくせぇ男だなw」


「光栄だ」


■ジョージ幕間(観測ログ:二月・生還報告編)

『サエキ事変ノート:ついに自分から電話した野生児』

二月。談話室。


拓海:

答えを全部言えたわけではない。だが、逃げずに“戻る”と自分で告げた。

進歩としては歴史的大事件。


佐伯家:

全員まとも。やはり怖い。


エドワード:

“戻る”で一度死亡。“大学保留”で蘇生。“続きは帰ってから話す”で現在不安定。


ジョージ:

「いやー、感動的だったね(笑)。ハミルトン様、電話中ずっと紅茶を一口も飲めてなかったよ」


(追記)

ジョージは、通話後に疲れ切ったサエキへ進路資料を十冊積み上げるハミルトン様を激写した。

「ハミルトン様。君、励ます前に資料を渡すの、そういうとこなんだよ(笑)」



ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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