第二百三十六話 「嫉妬とは、醜い感情ではなく、理性的な男にシェイクスピアを誤読させる高熱である」という話
エドワード君、仙台は雪おおくないよ
二月。雪の混じる英国の午後。
図書室には、暖炉の火が爆ぜる音と、紙をめくる異様に速い音だけが響いていた。
その中心にいるのは、エドワード・ハミルトン。
彼の机上には、シェイクスピアのOthello、厚さ十センチはあろうかという
『日本の大学進学・留学ガイド』、日本語辞典、
そして何かを殴り書きしたノートが積み上がっている。
英国名門校の次期伯爵当主が見せるべき姿ではなかった。
「タクミ」
エドワードは本から目を離さず言った。
「シェイクスピアはこう記している。―“嫉妬とは、自らの糧を喰らって育つ、
緑の眼をした怪物である”」
ソファに寝転がっていた拓海は、面倒そうに顔だけ上げた。
「……お前、さっきから鏡見て喋ってんのか?」
「何?」
「今のお前、そのまんまだろ。緑の眼した怪物じゃねぇかw」
暖炉が、ぱち、と鳴った。
エドワードは無視した。
「笑いたければ笑え。だが、東洋のシャーマンが“九月入学”という禁忌の術式で、
お前の隣席を予約しに来たのだ」
「だから菜摘をシャーマンって呼ぶな」
「これは戦争だ」
「違う」
拓海は嫌な予感を覚え、机の上を覗き込んだ。
そこには、異様に整った文字で計画が列記されていた。
対・九月入学計画
プランA
自ら日本の大学へ交換留学し、サエキの全講義に同行・代行受講。
プランB
進学先大学へ多額寄付。学内導線の掌握、および不審男子学生の排除。
プランC
日本語を完全習得し、“現地専属通訳兼保護者”として同行。
プランD
サエキ実家隣地の取得。別邸建設。
「……お前、何してんの?」
「対策だ」
「犯罪寄りなんだよ全部!!」
エドワードは真顔で日本語教材を開いた。
「確認する。“サエキ、ココニ、イナサイ”――これは自然な表現か」
「監禁犯の第一声みてぇになってんぞ!!」
「では、“タクミ、ワタシノソバニ、エイキュウニ”」
「もっと悪化したわ!!」
拓海がノートをひったくると、エドワードはようやく顔を上げた。
翡翠色の瞳が、雪明かりのように冷たく光る。
「当然だろう」
低く、誇らしげに言う。
「私の理性は、お前を独占するためだけに最適化されている」
「ドヤ顔で人生終わってること言うな、バカモノ!!」
しばらくして。
エドワードは今度は日本地図を広げ始めた。
「東京。人口過密。論外」
「何の選考だよ」
「京都。伝統文化が強い。お前が感化される危険あり」
「俺どういう扱いなんだよ」
「仙台」
拓海の動きが止まる。
「雪が多い。私の勝機がある」
「勝機ってなんだよ」
その時だった。
エドワードがふらりと揺れた。
「……おい?」
机に手をつき、珍しく眉を寄せる。
「知恵熱だ」
「なんでだよ」
「漢字が……多い……」
「バカじゃねぇの!?」
数分後。
ソファに寝かされたエドワードの額には冷たいタオル。
その横で拓海が呆れ顔のまま世話をしていた。
「……タクミ」
「なんだよ」
「日本語の“愛している”は……発音が難しいな」
「今それ考えてんのかよ」
「……アイ……シテ……イル……ゾ……」
拓海の全身に鳥肌が立った。
「やめろ!! 発音より内容が怖ぇんだよ!!」
■ジョージ幕間(観測ログ:翡翠の怪物・国際化編)
『サエキ事変ノート:嫉妬、ついに留学制度へ到達』
二月。図書室。
エドワード:
菜摘嬢の“九月入学宣言”により理性の防波堤が決壊。現在、
日本語学習と不動産取得を同時進行している。怖い。
拓海:
「お前何してんだよ」と笑っているが、自分のためにここまで狂える男がいることには
少しだけ慣れてしまっている。危ない。
ジョージ:
「いやあ、国際交流だね(笑)。ハミルトン様、さっき
“戸籍制度から学ぶべきか……”って真顔だったよ」
(追記)
「やれやれwww」
ジョージは、知恵熱で倒れたハミルトン様に水を飲ませるサエキを激写した。
「ハミルトン様。君がどれだけ日本語を学んでも―」
「一番気持ちが伝わってるのは、熱を出してまで彼を追いかける、そのバカさ加減なんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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