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第二百三十五話 「返信とは、数行で済むはずの短い作業でありながら、不器用な男にとっては人生設計より難しい難工事である」という話

菜摘ちゃん、遊んでr

一月下旬、夜。

図書室の暖炉は静かに燃えていた。

窓の外には冬の闇。

室内には、紙をめくる音と、深刻なため息だけが響いている。


佐伯拓海は、ソファの端に座り、スマホを両手で持ったまま三十分ほど固まっていた。

画面には、返信欄。

送り主――菜摘。


****************

たっくんが6月に帰ってくるなら、私、9月入学できる大学も考えようかな!

それなら同じ学年で通えるでしょ(*^-^*)

待ってるね!

****************


その下に、未送信の文字列が何度も生まれては消えていた。


『ありがと』


削除。


『そこまでしなくていい』


削除。


『バカ』


残して迷って削除。


「……なんで返信ひとつでこんな疲れんだよ……」


「お前が愚鈍だからだ」


向かいの席で本を読んでいたエドワードが、顔も上げずに言った。


「うっせーよ」


「正確には、感情と言語の接続不良だな」


「もっと嫌な言い方すんな」


拓海は再び画面を睨んだ。


「別に……嬉しくねぇわけじゃねぇんだよ」


「ほう」


「でも、俺、今日本で大学行く気ねぇし」


エドワードのページをめくる手が止まる。


「続けろ」


「待ってるとか言われても困るし、変に期待させんのも違ぇし……」


「つまり」


エドワードは本を閉じた。


「お前は、相手を拒絶したいのではなく、受け取る責任から逃げている」


「その言い方だと俺が最低みてぇだろ!」


「安心しろ。実態に近いだけだ」


「安心できる要素ゼロだわ!」


拓海はスマホをクッションへ投げ、顔を覆った。


「……だってよ。俺、どうなるか自分でもわかってねぇんだぞ」


「それはそうだな」


「なのに、向こうだけちゃんと決めてきてんの、反則だろ……」


その声は、いつもの雑な調子より少しだけ弱かった。


エドワードはしばらく黙り、それから珍しく穏やかな声で言った。


「タクミ」


「なんだよ」


「人が本気で差し出したものを、受け取るか断るか迷うのは当然だ」


「……」


「軽く扱わぬ証拠でもある」


拓海はゆっくり顔を上げた。


「……お前、たまにまともなこと言うよな」


「常に言っている」


「その直後に台無しにするだけで」


数分後。

拓海は再びスマホを持った。


「……お前なら、なんて返す」


エドワードは即答した。


「“私は英国に残る。諦めろ”」


「参考にならねぇ!」


「“なお、学費援助は可能だ”」


「余計悪化したわ!」


「“恋情は評価するが、優先順位は私が先だ”」


「人のスマホで戦争始めんな!!」


拓海は深いため息をつき、自分で打ち始めた。



『お前なぁ……』


止まる。

消す。

もう一度打つ。


『お前なぁ。

そういうの言われると困る。』


止まる。


「困る、は弱い」


「うるせぇ」


続ける。


****************

俺、まだ何も決めてねぇし。

お前はお前で、自分の行きたいとこ行け。

俺に合わせて決めんな、バカ。

****************


送信。


数秒後、拓海はソファに崩れ落ちた。


「……感じ悪くね?」


「かなり」


「おい」


「だが、誠実だ」


拓海は腕で目を隠した。


「……疲れた」


「進路面談より消耗しているな」


「当たり前だろ。先生は俺のこと好きでも嫌いでもねぇし」


エドワードの眉がぴくりと動いた。


「……私は違うと?」


「そこ拾うな」


しばらくして、着信音が鳴った。

拓海は恐る恐る画面を見る。


****************

たっくん、そういうとこ優しいよね(*^-^*)

大丈夫!安心して(笑)ちょっと言ってみただけだから!

たっくんもちゃんと考えて決めてね!

****************


拓海は天井を見上げた。


「……強ぇな、あいつ」


「敵ながら見事だ」


「だから敵にすんなって」


「では脅威だ」


「もっと悪化してんだよ」


拓海はスマホを胸に置き、しばらく黙っていた。


「……ちゃんと決めろ、か」


「その通りだ」


「うるせぇ」


「逃げるな」


「二回うるせぇ」


エドワードは立ち上がり、暖炉の前まで歩いた。


「タクミ」


「なんだよ」


「お前がどこへ行こうと、決めるまで隣でうるさく言い続けてやる」


拓海は苦い顔で笑った。


「……重てぇんだよ、バカ」


「光栄だ」


■ジョージ幕間(観測ログ:深夜・返信難民編)

『サエキ事変ノート:三行返すのに四十分』

一月下旬。図書室。


拓海:

“進路”より“返信”で消耗。感情処理能力が極端に低い。


エドワード:

横から全て口を出しつつ、最終的にはサエキ本人に打たせた。珍しく理性が仕事をした模様。


菜摘嬢:

強い。たぶん一番強い。

ジョージ:

「いやあ、見ものだったよ(笑)。ハミルトン様、“バカ”だけは残せって真顔で助言してたからね」


(追記)

「フフフwwwwwwww」


ジョージは、返信後に魂が半分抜けたサエキと、なぜか満足げなハミルトン様を激写した。


「恋文でもない、告白でもない、たった数行の返信でここまで騒げるんだから――」


「君たち、本当に青春だね。(笑)」




ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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