第二百三十三話 「家族とは、最も近しい味方であると同時に、最も容赦なく“その先”を問う現実でもある」という話
本人不在の家族会議
一月末。夜。
寮の談話室には、暖炉の火と、夕食後の気の抜けた空気が漂っていた。
ソファに寝転がる拓海は、ラグビー雑誌を顔に乗せたまま、半分眠っている。
その平穏を破ったのは、机の上で震え出した電話だった。
「……誰だよ、この時間に」
雑誌をどけ、受話器を取る。
相手を確認した瞬間、拓海の顔から眠気が消えた。
「……げ」
向かいで紅茶を飲んでいたエドワードが眉を上げる。
「誰だ」
「家」
「貸せ」
「貸すか、バカ」
拓海は嫌そうな顔のまま受話器を耳へ当てた。
「……もしもし」
『拓海?』
母の声だった。穏やかだが、逃げ道のない声色でもある。
『あなた、お正月以来全く連絡もないまま二月を迎える気?』
「忙しかったんだよ」
『何に』
「……いろいろ」
『ふわっとしてるわね』
拓海は早くも受話器を置きたくなった。
『お父さんにも代わるから』
「いや、いいって」
『代わるから』
拒否権はなかった。
数秒後、低く硬い男の声が響く。
『拓海』
「……はい」
佐伯和也。父である。
『進路は決めたのか』
「……まだ」
『まだ、とは何だ』
「まだはまだだよ」
『質問に日本語で答えろ』
「理不尽だな!?」
向かいで聞き耳を立てていたエドワードが、静かに頷いた。
「頷くな」
『誰と話している』
「独り言!」
父はため息をついた。
『英国に残ること自体を反対しているわけではない』
拓海は少し目を瞬いた。
『学ぶ価値もある。留学も経歴になる。そこは否定せん』
「……じゃあ何だよ」
『理由だ』
声が一段低くなる。
『お前は何を学び、何になり、その先どうする』
「……」
『英国に残りたいのは、そこで知り合った友人と離れたくないからか』
拓海の視線が、自然と向かいの男へ向く。
エドワードは涼しい顔で紅茶を飲んでいた。
『その程度の感情で人生を決めるなら、愚かだ』
「……別に、そんなんじゃ」
『なら説明しろ』
返せなかった。
そこへ母が再び割り込んだ。
『あなたね、自分の人生なのに、ずっと他人事みたいに話すのよ』
「そんなこと――」
『あるわよ』
即答だった。
『“なんとかなる”“そのうち決める”ばっかり。あなたが決めない間にも、時間は進むの』
拓海は黙った。
さらに別の声が入る。
『拓海?』
「……姉貴までいんのかよ」
姉、詩織だった。
どこか楽しそうですらある。
『家族会議よ。あなた主役』
「最悪だ……」
『ねえ拓海。残りたいなら残ればいいの』
「……」
『でも、“あの子と一緒にいたいから”では、家も世間も通らないわ』
拓海の顔が熱くなる。
「誰もそんなこと言ってねぇだろ!」
『言ってなくても顔に書いてあるのよ』
向かいでエドワードが、静かに口元を押さえた。
「笑うな!!」
詩織の声は柔らかいまま鋭かった。
『あなた、あの子に影響されて世界が広がったんでしょう?』
「……まあ」
『なら、その先はあなた自身の言葉で語りなさい』
「……」
『友情でも憧れでも何でもいい。でも、人の名前を借りずに、自分の進路として説明しなさい』
それは、父の叱責よりも深く刺さった。
電話の最後に、父が戻った。
『次に話す時は、“気持ち”ではなく“計画”を持って来い』
「……はい」
『以上だ』
通話は切れた。
談話室に静けさが戻る。
拓海は受話器を置き、ソファへ倒れ込んだ。
「……うちの家族、容赦ねぇ……」
「まともだな」
エドワードが言った。
「うるせぇ」
「実に合理的だ」
「もっと慰めろよ」
エドワードはカップを置き、静かに拓海を見る。
「タクミ」
「なんだよ」
「お前の家は、“私がいるから残りたい”では納得しない」
「……わかってるよ」
「だが」
翡翠色の瞳が細まる。
「“私がいるからこそ学びたい”なら、話は変わる」
拓海は眉をひそめた。
「どう違うんだよ」
「前者は依存だ。後者は意思だ」
「……」
「お前は、どちらだ」
答えられなかった。
ただ、その問いだけは、妙に胸に残った。
■ジョージ幕間(観測ログ:深夜・家庭裁判編)
『サエキ事変ノート:電話一本で追い詰められる野生児』
一月末。談話室。
拓海:
ラグビーなら正面突破できるが、家族の正論には極端に弱い。
佐伯家:
全員まとも。怖い。
エドワード:
横で聞きながら何度も口を挟みかけ、サエキに三回蹴られていた。
ジョージ:
「いやー、良い家族だね(笑)。ハミルトン様、途中から
“これは私への面接でもあるな……”って背筋伸ばしてたよ」
(追記)
ジョージは、通話後に燃え尽きたサエキへ当然のように進路資料を積み上げるハミルトン様を激写した。
「ハミルトン様。君、慰めるより先に出願要項を持ってくるの、そういうとこなんだよ(笑)」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




