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第二百二十九話 「愛称とは、親愛を込めた略称ではなく、相手の過去を塗り潰し、自分だけの所有物として再定義するための、極めて私的で執念深い呪文である」という話

エドワード君、拓ちゃんとかでいいのでは…

一月二日、深夜。

菜摘の手紙がもたらした精神的損傷は、想像以上に深刻だった。


図書室の暖炉前。

佐伯拓海がソファでうたた寝を始める横で、エドワード・ハミルトンは古い語源辞典、神話辞典、ラテン語入門書、さらには物理学概論まで積み上げ、異様な集中力で何かを書きつけていた。


「……おい」


半分眠った声で、拓海が言う。


「お前、何してんだ」


「再定義だ」


「嫌な予感しかしねぇな」


エドワードは顔を上げた。


翡翠色の瞳には、学問への敬意と嫉妬心が等量で燃えている。


「タクミ。決めたぞ」


「やだ」


「まだ何も言っていない」


「言う前から嫌なんだよ」


エドワードは紙を掲げる。


そこには達筆で、こう記されていた。


Tachyon


「明日からお前を“タキオン”と呼ぶ」


「物理用語で呼ぶな、バカ!!」


「光速を超える仮説上の粒子だ。常に私の思考の先を走り、

理解を置き去りにする男―実に的確だろう」


「迷惑評価をカッコよく言い換えるな!」


拓海がクッションを投げる。

エドワードは片手で受け止め、淡々と次の紙を出した。


Eudoros


「ならば“エウドーロス”だ」


「長ぇよ!」


「ギリシャ的響きと気高さがある」


「気軽に呼べる要素ゼロだろ!」


「俊足の英雄でもある」


「ラグビー部員を古代叙事詩に押し込むな!」


拓海が立ち上がる。

エドワードも立ち上がる。


そして一歩、距離を詰めた。


「……不快なのだ」


声が低くなる。


「何がだよ」


「私の知らぬ時間が、お前の名を、あのような形で残していることが」


拓海は一瞬、言葉を失った。


暖炉が、ぱち、と鳴る。


「“たっくん”」


エドワードはその語を、まるで苦い薬でも飲み込むように口にした。


「幼少期。家庭。日常。無防備。……私の知らぬお前が、そこにいる」


拓海は頭を掻いた。


「……お前さ」


「なんだ」


「そんなに嫌なのか、その呼び方w」


数秒の沈黙。


エドワードは視線を逸らさず答えた。


「嫌だ」


「即答かよ」


「極めて不快だ」


「子供か、バーカwww」


だがその口元は、少しだけ笑っていた。


エドワードは再び拓海の肩を掴む。


「いいか、タクミ。お前を略していいのは、この世で―」


「誰でもねぇよ」


「私だけだ」


「話聞け、バカ!!」


拓海の頭突きが炸裂する。


鈍い音。


エドワードが二歩下がる。


「……暴力的却下だな」


「当たり前だ」


「では第三案に移る」


「まだあんの!?」


エドワードはノートをめくる。


そこにはびっしりと候補名が並んでいた。


T

T.K.

Lord Takumi

My Takumi

Reserved T

白き稲妻

我が半身


「我が半身て……気持ち悪ぃわ!!!」


図書室に絶叫が響く。


結局その夜、百を超える候補名はすべて拓海のタックルによって却下された。


だが、エドワードのノートの隅には、誰にも見せぬよう小さく、


T(予約)


とだけ、執念深く書き残されていた。


■ジョージ幕間(観測ログ:ネーミング・ライツ争奪戦編)


『サエキ事変ノート:ハミルトン様、愛称で爆死』


一月二日。深夜。


エドワード:

“たっくん”への対抗策として、神話・物理・古典・所有権の概念まで投入。

知性の無駄遣いが著しい。なお、最終的に一番拒絶されたのは“マイ・タクミ”。


拓海:

呆れながらも、ここまで一人の男を狂わせる自分の名前に少し引いている。

ただし、エドワードに「タクミ」と呼ばれた時だけ、反射的に返事をしてしまう模様。


ジョージ:

「いやあ、無様だね(笑)。ハミルトン様、鏡の前で“タク……ミー……いや違う……”って

一人練習して、自分の尊厳と正面衝突してたよ」


(追記)


「wwwwwww」


ジョージは、寝落ちしたサエキの耳元で、


「……た……」


と囁こうとして、結局、


「……バカ」


といつもの呼び方に戻ったハミルトン様を激写した。


「ハミルトン様。君がどれだけ特別な名前を探してもね――」


「君たちは、その雑な呼び方の時が一番、誰にも壊せない関係なんだよ、(笑)」


「タクミ」


「なんだよ」


「……やはり、お前はタクミでいい」


「最初からそうしとけ、バカ!!」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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