第二百二十七話 「古典とは、時を超えて語り継がれる人類の宝ではなく、進路を決めない相棒(バカ)を神話級の理屈で縛り上げるための、極めて高尚な拘束具である」という話
エドワードの進路提案→なお、拒否権はない。みたいな。
一月一日、夜。
図書室の暖炉が赤く燃えている。
その前で拓海は、片靴下・片裸足という終わった格好でソファに沈み、
「……帰りてぇ……」
と魂を漏らしていた。
帰る場所は同じ寮である。
エドワードはそんな男の前に、百科事典のような厚みを持つ一冊を置いた。
ドサリ。
表紙には金文字で記されている。
ダンテ『神曲』
「タクミ」
「やだ」
「まだ何も言っていない」
「厚さで嫌だ」
エドワードは本を開いた。
「地獄の門にはこう刻まれている」
姿勢を正し、朗々と読む。
『ここに入る者は、一切の希望を捨てよ』
拓海は半目で見上げた。
「……お前の部屋の入口の話か?」
「違う」
「進路相談室か?」
「違う」
「じゃあ何だよ」
エドワードは指を差す。
「お前の現状だ」
「は?」
「進路未定。未来保留。責任先送り。卒業後白紙」
一つずつ数える。
「お前は今、地獄の前門――迷える魂の待機列にいる」
「言い方ぁ!!」
拓海がクッションを投げる。
エドワードは受け流す。
「ダンテには案内人がいた。詩人ヴェルギリウスだ」
「へぇ」
「タクミ。お前の案内人は誰だ」
「知らねぇよ」
「私だ」
「即答すんな、バカ!!」
エドワードは動じない。
「安心しろ。導線は既に確保済みだ」
「何の!?」
「大学。住居。職歴形成。家業研修。将来的幹部候補ーー」
「だから!なんで天国への道が、お前ん家の事業部直通なんだよ!!」
拓海はプロテインシェイカーを掴んだ。
「なお、ダンテは最後にベアトリーチェに導かれーー」
「嫌な予感しかしねぇ」
「お前は私のベアトリーチェだ」
「意味わかんねぇし鳥肌立ったわ!!」
シェイカーが飛ぶ。
エドワードは華麗な横移動で回避した。
「……これも試練か」
「ただの拒否反応だ、バカ!!」
暖炉の火が、年明け早々の騒音を静かに照らしていた。
■ジョージ幕間(観測ログ:新春・神曲サエキ版)
『サエキ事変ノート:天国の所在地、ハミルトン家』
エドワード:
進路未定を“魂の危機”へ拡大解釈。文学を使えば何でも正当化できると思っている節あり。
拓海:
神曲の壮大さを三秒で「お前の独占欲」に翻訳。才能。
ジョージ:
「いやあ、見事だねwww。ハミルトン様、地獄・煉獄・天国って言ってたけど、全部サエキの住所変更手続きの話なんだよ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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