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第二百二十二話 「叙事詩とは、人類の英知を語り継ぐ物語ではなく、列車で二泊三日離れただけの出来事を英雄譚へ誇張するための便利な器である」という話

なかなか話が進まなくなってきた

クレストフィールド学院 冬休みの学園寮

十二月二十六日、深夜。


図書室の暖炉では、拓海が雑に放り込んだ薪が景気よく爆ぜていた。

火の粉が跳ねるたび、室内に赤い光が揺れる。


ソファには佐伯拓海。

ジャージ姿で足を投げ出し、焼き栗を剥いている。


その向かいには、エドワード・ハミルトン。


背筋を伸ばし、膝の上にはホメロスの『オデュッセイア』。

帰還したばかりの拓海を、まるで異国から戻った英雄でも見るような眼差しで観察していた。


「……タクミ」


「なんだよ」


「英雄オデュッセウスは、戦ののち故郷イタケへ戻るまで十年を要した」


「知らねぇよ」


「怪鳥セイレーンに惑わされ、怪物スカイラに仲間を喰われ、海を漂い、なお帰還した」


拓海は栗を口に放り込んだ。


「で?」


エドワードは静かに本を閉じる。


「私にとっては、十年だった」


「重っっっ!!」


即答だった。


「お前という半分を欠いた状態で過ごすウィルトシャーは、牢獄に等しい」


「二泊三日だぞ」


「時間の長短ではない」


「うるせぇ」


「お前の姉という名のセイレーンが、お前を社交界へ誘い――」


「姉貴は怪物より強ぇけどな」


「義兄という名の策士が、進路という毒杯を差し出し――」


「ただの親切だろ」


「私は、それら全てを越えて」


エドワードは立ち上がる。


暖炉の火を背に、ひどく真面目な顔で言った。


「お前を奪還した」


「病院行け、バカタレ」


拓海は笑いながら、剥いた栗をひとつ放る。


エドワードは反射的に受け取り、そのまま口に入れた。


熱かった。


「……熱い」


「当たり前だろ」


拓海は肩をすくめ、火を見つめたまま言う。


「でもさ」


「?」


「あいつ、十年も寄り道したんだろ」


「そうだ」


「俺は真っ直ぐ戻ってきた」


一拍置く。


「お前の、その面倒くせぇ叙事詩、終わらせるためにな。バーカ」


エドワードは黙った。


口の中の栗が熱いのか、

言葉が熱いのか、少し判断がつかなかった。


英雄譚など、どうでもいい。


ただ、目の前の男が戻ってきた。

それだけで十分だった。


「……タクミ」


「なんだよ」


「もう少し離れる時は、事前申請しろ」


「台無しだよ、バカ!!」


拓海の笑い声が、図書室いっぱいに広がった。


■ジョージ幕間(観測ログ:冬の叙事詩・帰還編)


『サエキ事変ノート:ホメロス先生、風評被害』


十二月二十六日。

ハミルトン様、数日の別離を“漂流十年”と認定。


エドワード:

サエキの不在を文学へ変換することで精神の均衡を維持。かなり危うい。


拓海:

「電車だろ」で全てを粉砕。だが最後にはちゃんと戻ってくる。ずるい。


ジョージ:

「いやあ、名作だね(笑)」


(追記)


その後、ハミルトン様はホメロスを枕にサエキの膝で就寝。


叙事詩の結末としては、だいぶ俗っぽい。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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