第二百二十一話 「帰還とは、元の場所へ戻る行為ではなく、離れて初めて知った欠落が、ようやく正しい位置へ収まる瞬間のことである」という話
戻ってきました(`・ω・´)
十二月二十六日。午後。
雪まじりの風が、古い寄宿舎の石壁を撫でていた。
ロンドンからの列車を降りた佐伯拓海は、荷物を肩に担ぎながら、白く煙る吐息とともに寮への坂道を上っていく。足取りは軽い。寒さなど気にも留めていないようだった。
神崎邸での数日は、確かに華やかだった。
磨かれた銀器。外交官たちの洗練された会話。姉の容赦ない矯正。
だが、拓海にとってそれは、よそ行きの舞台に過ぎない。
ネクタイを締め、背筋を伸ばし、“佐伯家の次男”として振る舞う。
それはできる。やれと言われれば、いくらでもやれる。
けれど、息は詰まった。
重い扉を押し開け、誰もいない寮の空気を吸い込んだ瞬間、
ようやく肺の奥まで冬が入ってきた気がした。
「……やっと戻った。喉渇いた」
独り言ひとつ、やけに明るく響く。
拓海は荷物を放り出し、そのまま図書室の扉を開けた。
その瞬間、室内の空気が変わった。
暖炉の前。火はまだ入っていない。
薄暗い部屋の中央に、コート姿のまま一人の少年が立っていた。
エドワード・ハミルトン。
黒い外套に雪を残し、翡翠色の瞳だけが鋭く光っている。
まるで闇そのものが人の形を取って、そこに待っていたかのようだった。
「……タクミ」
低い声が落ちる。
「遅い。予定より三十分の遅延だ」
「は?」
拓海は目を瞬かせた。
「お前、ウィルトシャーにいたんじゃねぇのかよ。新年まで戻らねぇって……」
「切り上げてきた」
即答だった。
「父上には伝えた。私の欠落がロンドンで野垂れ死にしかけているので、回収に向かう、と」
「何言ってんだお前?」
「事実だ」
エドワードは一歩、また一歩と近づいてくる。
王のように尊大な足取り。
それでいて、暗闇の中でようやく見つけた灯火へ縋る者のように、ひどく必死だった。
「お前がいない祝祭など、ただ音のする虚無だ」
雪の匂いをまとったまま、拓海の目の前で止まる。
「……触れさせろ」
声だけが、少し掠れていた。
「お前が、余計な世界に染まらず……私の隣という正しい位置へ戻ったことを、確認する」
拓海は数秒、ぽかんと見上げた。
それから盛大に顔をしかめる。
「……お前、本当に重てぇんだよ、バカ!」
次の瞬間。
拓海は助走もなく、エドワードの胸元へ全力の頭突き―もとい、体当たりをかました。
鈍い音が響く。
「ぐっ……!」
「ただいま、バーカ!」
勢いのまま二人まとめてソファへ倒れ込む。
闇のように冷えた少年の腕の中へ、太陽みたいに騒がしい熱量が飛び込んだ。
その瞬間、止まっていた暖炉のない部屋にまで、妙な温度が戻った気がした。
エドワードは痛みに顔をしかめながら、しかし拓海の肩だけは離さなかった。
「……タクミ」
「なんだよ」
「肋骨が危険だ」
「知らねぇよ」
「だが……」
エドワードは目を閉じる。
「ようやく、静かになった」
拓海は一瞬だけ黙り、すぐに鼻で笑った。
「うるせぇのはお前だ、バーカw」
図書室の窓の外では、雪が降り続いていた。
だが部屋の中だけは、もう寒くなかった。
■ジョージ幕間(観測ログ:欠落回収・再起動編)
『サエキ事変ノート:ハミルトン様、実家より優先事項を確認』
十二月二十六日。図書室。対象二名、無事再接続。
エドワード:
実家の行事を途中離脱。始発で帰還。三時間前から図書室にて待機。
暖炉にも火を入れず、ただ立っていた。重いを通り越して、もはや信仰。
拓海:
帰るなり荷物を投げ、ハミルトン様へ体当たり。挨拶の概念が野生。
だが本人もかなり嬉しそうだったため、同類である。
ジョージ:
「いやあ、いい再会だね(笑)。片方は王子、片方は大型犬。
その衝突で家具が犠牲になるの、毎回どうかと思うよ」
(追記)
ハミルトン様、胸を押さえながらも終始ご機嫌。
サエキ、文句を言いながら離れず。
結論:
この二人、距離を置いても悪化するだけである。
(再追記)
闇が光を捕まえたように見えて、実際は―
光の方が、自分から闇へ飛び込んでいるんだよなぁ(笑)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




