第二百二十話 「祝祭とは、最も華やかな場所にいながら、最も会いたい相手だけが不在であると知る夜のことである」という話
ジョージお前実家じゃなかったんかい
十二月二十五日。クリスマス当日。
【ロンドン:神崎邸】
神崎邸のレセプションは、華やぎの頂点にあった。
外交官。実業家。貴婦人たち。
笑い声、グラスの音、磨かれた会話。
その中で、佐伯拓海は完璧に立っていた。
タキシード姿。
背筋は自然に伸び、グラスの持ち方にも無駄がない。
誰かに話しかけられれば、簡潔に返し、失礼なく笑う。
数日前までネクタイを嫌がっていた男とは思えなかった。
「まあ、素敵な青年」
「神崎家のご親族?」
「立ち居振る舞いが見事ですこと」
淑女たちの視線が集まる。
拓海は適当に会釈し、シャンパンを一口飲んだ。
(……あいつのせいだ)
立ち方。
目線。
肩の力の抜き方。
全部、エドワードに叩き込まれたものだった。
窓の外に目をやる。
雪が降っている。
(今ごろ、ウィルトシャーで仏頂面してんだろな)
暖炉の前で、親族に囲まれながら。
退屈そうに。偉そうに。面倒くさそうに。
拓海は鼻で笑った。
(俺が隣で“バカ”って言ってやらねぇと、あいつ、ただの石像なんだよ)
「拓海」
詩織が近づいてくる。
「ずいぶん機嫌が良さそうね」
「悪ぃよ」
「そう見えないわ」
拓海は答えず、もう一度雪を見た。
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【ウィルトシャー:ハミルトン邸】
ハミルトン邸でもまた、祝祭は完璧だった。
長い食卓。
格式ある乾杯。
重厚な銀器。
一族の視線。
その中心に、エドワードはいた。
姿勢は正しく、返答は的確。
誰に対しても非の打ちどころがない。
次期当主として、申し分ない。
ただし、心だけが著しく不機嫌だった。
(……タクミ)
親族の会話が耳を通り過ぎる。
(お前は今、誰に笑っている)
ロンドンの灯の中で。
磨かれた部屋の中で。
誰かに肩を叩かれ、無防備に笑ってはいないか。
グラスを持つ指先に、わずかに力が入った。
「エドワード?」
叔父の声に、即座に顔を向ける。
「失礼。少し考え事を」
微笑は完璧だった。
だがその胸中では、祝祭の歌声より、乱暴な笑い声ひとつの方が遥かにうるさかった。
(……退屈だ)
誰にも聞こえぬよう、心の中で呟く。
■ジョージ幕間(観測ログ:聖夜の遠距離心中編)
『サエキ事変ノート:世界で最も贅沢な、二人分のぼっち』
十二月二十五日。
ロンドンとウィルトシャー。距離は離れても、症状は同一。
エドワード:
会食の合間にサエキへメール送信。
『今、何をしている』
短い。重い。怖い。
拓海:
返信。
『栗食ってる。バーカ』
語彙が少ない。だが効いている。
確認後、ハミルトン様の機嫌が少し回復。
ジョージ:
「いやあ、単純だね(笑)」
(追記)
その後、ハミルトン様より追加指示。
『サエキの周囲に男はいるか確認しろ』
僕を何だと思っているのか。
(再追記)
王を演じていても、心臓だけはロンドンへ外泊中なんだよ(笑)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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