第二百十九話 「前夜とは、再会を祝うための準備期間ではなく、離れている一分一秒が”己の欠落”であると突きつけられる、残酷なカウントダウンである」という話
クリスマス前の一時帰宅回
十二月二十四日。クリスマス・イブ。
【ウィルトシャー:ハミルトン邸のエドワード】
ハミルトン邸の大広間には、完璧な冬が整えられていた。
磨かれた銀器。
燭台の炎。
代々受け継がれた食器。
使用人たちの寸分違わぬ所作。
一族の者たちによる、過不足ない会話。
その中央で、エドワードは正装のまま、一切の乱れなく着席していた。
ナイフの角度も、ワインを置く位置も、視線の高さも完璧だった。
ただし、心だけが不在だった。
(……タクミ)
運ばれてきたターキーを見つめる。
(今ごろ、お前は何を食べている)
詩織の邸宅で、皿の上の野菜を端へ寄せてはいないか。
慣れない席で足を投げ出し、叱られてはいないか。
誰かに笑ってはいないか。
そう思うだけで、上質な赤ワインは妙に渋かった。
「エドワード」
父の声に、即座に顔を上げる。
「はい、父上」
返答は完璧だった。
呼吸も、姿勢も、家名も、何一つ乱れていない。
ただ魂だけが、寮の図書室の暖炉前に置き去りだった。
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【ロンドン:神崎邸の拓海】
一方その頃、ロンドン。
神崎家の邸宅では、外交官やその家族たちを招いた華やかな集まりが続いていた。
笑い声。
グラスの触れ合う音。
香水と料理の匂い。
英語とフランス語が入り混じる会話。
その隅で、拓海はソファに沈んでいた。
窮屈なネクタイを緩め、明らかに場に馴染んでいない顔をしている。
「拓海」
詩織がグラス片手に現れた。
「せめて笑いなさい。そんな顔では、せっかく整えた服が台無しよ」
「姉貴こそ、こういう時くらい弟を解放しろよ」
「社交は訓練です」
「エドみてぇなこと言うな」
拓海は鼻を鳴らした。
窓の外には雪。
ロンドンの夜景が白く滲んでいる。
「あいつ、今ごろ実家でカチカチになってんだろうな」
「ハミルトン様が?」
「俺いねぇと、冗談の言い方も忘れるだろ。あいつ」
「……あなた、ずいぶん必要とされているのね」
「知らねぇよw」
即答したあと、少しだけ黙る。
賑やかな部屋だった。
だが拓海の耳が探しているのは、理屈っぽくて、妙に低くて、腹の立つ一人分の声だけだった。
■ジョージ幕間(観測ログ:別離の夜・遠隔同期編)
『サエキ事変ノート:距離は、執着を薄めるどころか濃縮する』
十二月二十四日。対象二名、別地点にて同時不機嫌を確認。
エドワード:
実家の自室に戻るなり、サエキから届いた短文メール
『肉食え、バカ』
を五回読み返す。宗教的儀式の可能性あり。
拓海:
神崎邸にて所在なさげに座る。マフラーはハミルトン様選定品。
本人は無自覚だが、かなり終わっている。
ジョージ:
ロンドン実家に一瞬帰宅。七面鳥を切る前にハミルトン様より電話。
『……ジョージ。サエキは今、何をしている』
知らんがな。
三十分後、再度着信。
『……笑っていたか』
怖いよ。
(追記)
ハミルトン様から
『サエキの現状を三十分おきに推測して送れ』
との命令あり。
僕を何だと思っているのか。
(再追記)
君がどれだけ冷徹な当主を演じても、心臓だけはロンドンに置き忘れているんだよ、(笑)
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同じ頃。
ウィルトシャーの窓辺で、エドワードは呟いた。
「……タクミ。退屈だ」
ロンドンのソファで、拓海はあくび混じりに言った。
「……お前がな、バカ」
雪だけが、両方の街に等しく降っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




