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幕間 「帰還とは、故郷を懐かしむ行為ではなく、任務の合間に”かつての共犯者”の痕跡をなぞり、己の冷徹な正気を繋ぎ止めるための、極めて個人的な休息である」という話

まぁ。そんな未来もあるってことで?

卒業から数年後。冬の夕暮れ。


名門寄宿学校クレストフィールド学院は、かつてと変わらぬ静けさを湛えていた。

石造りの回廊。磨き上げられた床。古い肖像画。規律ある沈黙。


ただ一つ違うのは、その静寂の中を歩く男の足音が、まるでしないことだった。


黒いコートの裾だけが揺れる。

気配は薄く、影は深く、闇そのものが人の形を取って進んでいるようですらある。


「……誰だ、そこにいるのは」


夜間巡回中の現役監督生プレフェクトが声を張った。

男は足を止め、ゆっくり振り返る。


整った顔立ち。穏やかな微笑。

だが、その目だけが異様に冷えていた。


学生時代、誰より軽薄に笑っていた男の面影を残しながら、その瞳には国家機密を三つほど埋めても揺らがなさそうな虚無が宿っている。


「いやぁ、ごめん」


男――ジョージは肩をすくめた。


「ちょっと“壁のシミ”の点検に来ただけだよ。ハミルトン家当主からの、個人的な依頼でね」


そう言って、指先で小型カメラを弄ぶ。

薄く、軽く、精密。どう見ても学生が持つ物ではない。


監督生は目を丸くした。


「ジョージさん……って、あのジョージ先輩ですか?」


「たぶん、その成れの果てかな」


「す、すごい……! 噂で聞いてます。ハミルトン家当主と、伝説のサエキ先輩の――」


「サエキ」


その名が出た瞬間だった。


ジョージの微笑が、一瞬だけ消えた。


ほんの刹那。

仮面の継ぎ目が剥がれるように。


「……あいつは、最悪だったよwww」


低く、懐かしむように言う。


「僕が何年かけて磨いた隠密技術も、“なんかそこにいるだろ、バカ”の一言で終わるんだからね」


監督生が吹き出す。


ジョージは続けた。


「国家機密を盗むより、あいつの寝言を記録する方が、よほど命懸けだった」


「寝言?」


「夜中に突然、“違う! そこは右フックだろ!”って叫ぶんだよ。寝ながら誰と戦ってたのか、いまだに不明だよw」


監督生は肩を震わせた。


ジョージは笑った。

今度の笑みは、少しだけ昔に近かった。


「……で、ハミルトン様は今も?」


「元気に面倒くさいよ」


即答だった。


「今朝も“サエキが南米にいる写真の背景に映った男は誰だ”って連絡が来た」


「怖っ」


「怖いよ。国家組織を私情で使うなって話だ」


ジョージはそう言いながら、廊下の窓辺へ目を向けた。


そこは、かつて拓海が雪玉を投げ込み、エドワードが本気で激怒し、二人で追いかけ回っていた場所だった。


今は静かだ。


静かすぎるほどに。


「……あの頃は、うるさかったな」


誰に言うでもなく、ぽつりと漏らす。


監督生は何も言えなかった。


ジョージは歩き出す。

図書室へ。


暖炉の前。

かつて自分が“壁のシミ”として存在を許されていた定位置に立つ。


火は入っていない。

椅子も整然としている。


だが、目を閉じれば聞こえる気がした。


「タクミ、座り方が雑だ」

「うるせぇな、椅子だろこれ」

「品位を持て」

「プロテイン飲むか?」


思わず、笑った。


「……まったくw」


ジョージは小さく呟く。


「世界情勢の方が、よほど静かだよ」


シャッターを切る。


誰もいない暖炉前。

誰も座っていない椅子。

誰も騒いでいない部屋。


なのに、その写真だけが妙に騒がしかった。


■ジョージ幕間(観測ログ:MI6所属・コードネーム《シミ》編)


『サエキ事変ノート:国家機密より、サエキの近況』


卒業から数年。母校への非公式訪問。


ジョージ(MI6所属):

表向きは外交筋の人間。裏では国家の影。監視、潜入、分析、交渉――何でもこなす一級品。

なお現在の最優先任務は、ハミルトン家当主から依頼される“サエキの生存確認および写真提出”である。税金の使い道としては最低。


エドワード(現在):

若き当主。冷徹、優秀、隙なし。

ただしジョージへの指令だけは、

「サエキはちゃんと食べているか」

「その隣の男は誰だ」

「なぜ写真で笑っている」

など、感情の泥濘そのもの。


ジョージ所感:

「いやあ、傑作だね(笑)。僕が組織に引き抜かれた時、ハミルトン様ったら心配するどころか、“これで公式にサエキを追跡できるな”って言ったんだから」


(追記)


本日、旧食堂床面にて“プロテイン痕跡らしきシミ”を確認。記念撮影済み。


「ハミルトン様。君がどれだけ完璧な支配者を演じても、この一枚見せれば、顔つきはすぐ昔の“サエキ中毒者”に戻るんだよ、バカ(笑)」


(再追記)


廊下の角を曲がる直前、僕は一度だけ振り返った。


誰もいないはずのそこに、今も二人の怒鳴り声だけが、ちゃんと残っている気がした。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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