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第二百十五話 「情熱とは、平穏な日常を愛でることではなく、足元の六ペンスを蹴り飛ばして、手に届かぬ月へと手を伸ばす、救いのない跳躍である」という話

なんだろう。そこはかとなく思ってるのと違う方向に行ってる気がする(大体エドワードのせい)

クレストフィールド学院

十二月初旬。

図書室の窓の外では、冬の月が青白く、刃物のように冴えていた。


暖炉の火は穏やかに燃えている。

だが、その前に座るエドワードの横顔は、いつもより少し冷えて見えた。


机の上には、一冊の洋書。

その横には、先日届いた神崎詩織からの招待状が、まるで栞のように差し込まれている。


拓海は鏡の前で、慣れないネクタイと格闘していた。


「……なぁ、エド。これ、なんで左右の長さ変わんだよ」


「お前が愚かだからだ」


「ネクタイに知能テストあんのかよ」


「ある。お前は落第だ」


エドワードは本を閉じ、静かに立ち上がった。


「貸せ」


拓海の手をどかし、喉元の布をほどく。

指先は冷静で、迷いがない。


「……タクミ。世の人間の大半は、足元に落ちている六ペンスを拾うことに人生を使う」


「六ペンス?」


「銀貨だ。現実的利益、義務、評価、安定……そういうものだ」


ネクタイを巻き直しながら、エドワードは淡々と続ける。


「家の期待に応えること。

社交の場で恥をかかぬこと。

将来のために正しい進路を選ぶこと。

お前の姉の招待状など、その最たるものだ」


「……姉貴の手紙を銀貨扱いすんな。殴られるぞ」


「だが、正しい六ペンスだ」


結び目を整える指が、一瞬だけ止まる。


「……そして、ごく稀に。

それを蹴り飛ばして、空の月だけを見て破滅する人間がいる」


拓海が鏡越しにエドワードを見る。


「お前のことか?」


「半分は」


「半分?」


「残り半分は、お前だ」


「は?」


エドワードは、結び目を締めた。


少し強い。

まるで首輪のように。

あるいは、どこにも行かせぬための印のように。


「お前が佐伯家の次男として、洗練された振る舞いを覚え、社交界で愛想よく笑い、誰からも評価される“まともな男”になることは、六ペンスを拾う行為だ」


「まともで悪かったな」


「悪い」


即答だった。


「お前がそんな風に完成してしまったら、私は困る」


拓海が振り返る。


「……なんでだよw」


エドワードは、窓の外の月を見たまま答えた。


「私の望む月は、お前がその泥だらけの靴のまま、理屈もなく騒ぎ、空気を乱し、

誰にも理解されず、それでも当然のように私の隣にいることだからだ」


図書室が静まる。


暖炉の薪が、ぱち、と鳴った。


「お前まで六ペンスを拾ってしまったら」


エドワードの声は、少しだけ低かった。


「私は、誰とこの月を見上げればいい?」


拓海は数秒黙り、やがて深くため息をついた。


「……お前、本当に面倒くせぇなww」


そのまま、エドワードの胸倉を掴む。


「いいか、バカ」


ぐい、と引き寄せる。


「俺が六ペンスなんか拾うタマに見えるか?」


「……いや」


「月が遠いなら」


額と額が、こつ、と軽くぶつかる。


「俺が飛ぶ」


「……タクミ」


「んで、お前が届かねぇって泣いてんなら、その月ごとタックルして地面に叩き落としてやんよ」


拓海は笑った。


「だから一人で黄昏れてんじゃねぇ。バーカ」


エドワードは、しばらく何も言わなかった。


やがて視線を逸らし、小さく呟く。


「……品がない」


「知ってる」


「最低だ」


「褒め言葉だな」


「……だが」


エドワードは、ごくわずかに笑った。


「救われる」


窓の外では、月が変わらず冷たく光っていた。

だが図書室の暖炉の前だけは、手の届く熱で満ちていた。


■ジョージ幕間(観測ログ:月を殴りに行く男 編)


『サエキ事変ノート:六ペンスより今の熱量』


十二月初旬。

ハミルトン様、モームを利用してサエキへの執着を正当化。


現状:


エドワード:

サエキが社交界という“まともな世界”へ馴染み、自分だけが知る野生性を失うことに怯えている

文学の顔をしているが、ただの寂しがり屋だね(笑)


拓海:

月にも銀貨にも興味なし。だが、ハミルトン様が置いていかれる気でいることだけは察知。

結論として「月を殴れば解決」と判断。知性の方向が独特である。


ジョージ:

いやー……傑作だよ(笑)。

ハミルトン様は月を見上げ、サエキは月へのタックル姿勢に入っていた。

会話は成立していないのに、なぜか噛み合っている。


(追記)


その後ハミルトン様は、サエキのネクタイをもう一度整えながら小声でこう言っていた。


「……月に行く前に、まず襟を直せ」


順番が細かいね。バカだな(笑)

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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