幕間 「■サエキ事変:十二月中旬(猛獣使いと紳士のメッキ編)」
ジョージ幕間 ฅ(*ΦωΦ*)ฅ
図書室の一角。
長机は壁際へ寄せられ、椅子は等間隔に並べ替えられ、いつもの雑多な学習空間は、妙に張り詰めた「仮設舞踏会場」と化していた。
その中央で、拓海は不機嫌そうに立っている。
慣れないシャツ。
締め上げられた襟元。
借り物めいたネクタイ。
そして、明らかに「俺は帰りたい」と語る顔。
その正面に、腕を組んで仁王立ちしているのはエドワードだった。
「……タクミ。背筋」
「伸びてるだろ」
「足りない」
「何がだよ」
「気品が」
「気品って背筋から出んのかよw」
「出る」
即答だった。
拓海が天井を仰ぐ。
「……帰っていいか?」
「だめだ」
エドワードは一歩踏み込み、拓海のネクタイへ視線を落とした。
「……それから、その結び目は何だ」
「結び目だろ」
「違う。事故現場だ」
「うるせぇな、これでも頑張ったんだよ!」
「頑張った結果がこの惨状なら、なおさら黙れ」
エドワードはため息をつき、拓海の胸元へ手を伸ばした。
「動くな」
「近ぇよ」
「黙れ」
冷たい指先が、ネクタイの布地を整える。
乱れた襟を正し、ずれた角度を直し、ほんの数ミリを気にして結び目を締め直す。
拓海は顔をしかめる。
「……お前、なんでそんな真剣なんだよ」
「当然だ」
エドワードは手を止めずに答えた。
「お前は今、サエキの名を背負っている」
そこで一拍置く。
「……そして、私の名誉にも少し関わる」
「なんでだよ」
「私の友人が無様では困る」
「今“友人”って言い直したろ」
「気のせいだ」
エドワードは平然としていた。
ネクタイを整え終えると、今度はグラスを手に取る。
「次だ。社交の場では、飲み物の持ち方一つで育ちが知れる」
「怖ぇ世界だな」
「普通の世界だ」
「お前の普通は信用ならねぇ」
「右手を出せ」
拓海が渋々差し出した手を、エドワードが取る。
そのまま指の位置を一本ずつ直し、グラスの支え方を整える。
自然と、拓海の背後にエドワードが回り込む形になる。
「……近ぇって」
「お前が覚えないからだ」
「声が耳元なんだよw」
「集中しろ」
低い声がすぐ横で響く。
「視線は相手の瞳を見すぎるな。威圧になる。
だが逸らしすぎるな。弱く見える。
数ミリ下だ」
「数ミリってなんだよ、見えねぇよ」
「感じろ」
「雑になってんじゃねぇか」
拓海が笑うと、エドワードの指が一瞬止まる。
「……笑うな」
「なんでだよ」
「その顔で笑うと、たぶん許される」
「意味わかんねぇ」
「私も腹立たしい」
拓海はけらけら笑った。
エドワードは小さく舌打ちし、今度は拓海の顎に指をかける。
「正面」
「おい」
「顎が下がる」
「人を犬みたいに扱うな」
「猛獣だろう」
「誰がだ、バカ!!」
図書室に怒鳴り声が響く。
だが、その直後。
少し離れて全体を見たエドワードは、珍しく言葉を失った。
肩幅に合ったジャケット。
整えられた襟元。
背筋の通った立ち姿。
いつもの雑さが薄れた拓海は、思っていた以上に「そういう場所の人間」に見えた。
「……エド?」
拓海が眉をひそめる。
「なんだよ。変か?」
エドワードは数秒黙ったあと、視線を逸らした。
「……いや」
「なんだよ」
「……腹が立つほど似合う」
「は?」
「なんでもない」
「聞こえてんだよ、バカ」
■ジョージ幕間(観測ログ:特訓という名の所有権確認編)
『サエキ事変ノート:紳士への道は独占欲で舗装されている』
十二月中旬。
プレフェクト室……もとい図書室にて、野生児サエキ拓海の社交界搬入前調整が始まった。
現状:
拓海:
終始文句を言っている。だが逃げない。
本気で嫌なら窓からでも逃げる男なので、つまり少し楽しんでいる。
エドワード:
表向きは厳格な教師。
実態は、自分の審美眼でサエキを仕立て上げることに快感を覚え始めた危険人物。
ネクタイ三十分、顎の角度十分、視線指導十五分。重いね(笑)
ジョージ:
いやー……傑作だよ(笑)。
ハミルトン様、礼儀作法を教えている顔をして、終始「これは私の推薦作品です」と言いたげだった。
(追記)
最後にハミルトン様は、誰にも聞こえない声でこう呟いていた。
「……これなら、誰にも文句は言わせない」
誇らしいのか、独占したいのか。
たぶん両方だね。(笑)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




