表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
242/388

第二百十四話 「招待状とは、祝福の手紙ではなく、逃げていた名前を思い出させる通知である」という話

拓海君、正式なぱーちーにご招待ですね

十二月初旬。

寄宿舎の朝は白く、窓の外には薄く霜が降りていた。


図書室の暖炉の前。

拓海は届いた一通の封筒を、珍しく無言で見つめていた。


厚手の上質紙。

深緑の縁取り。

表には端正な筆致でこうある。


神崎 詩織


「……誰だ」


向かいで本を読んでいたエドワードが、ページから目を離さずに問う。


「……姉貴」


「なるほど。お前を過剰に甘やかし、結果として粗雑で騒がしく、

規律を理解しない大型生物へ育て上げた人物か」


「うるせぇよ、バカ」


拓海は封を切り、中の便箋を引き抜いた。


数行読んだところで、露骨に顔をしかめる。


「……最悪だ」


「訃報か」


「もっと面倒だ」


拓海は便箋を机に置き、低い声で読み上げた。


「今度、主人主催でクリスマス・レセプションを開きます。あなたも出席しなさい。」


エドワードは頷く。


「普通の招待状だな」


「続きがある」


拓海はさらに読む。


「佐伯家からも、そろそろ拓海を“そういう席”に慣れさせるようにと言われています。

大学が日本でも英国でも、公の場に立つ経験は必要です。

逃げずに来なさい。詩織」


図書室に沈黙が落ちた。

暖炉が、ぱち、と爆ぜる。


「……ほう」


「ほう、じゃねぇよ」


拓海はソファへ倒れ込んだ。


「なんで今さら俺なんだよ。兄貴がいるだろ。姉貴だっている。俺は次男だぞ。

こういうのは長男長女が処理するもんだろ」


「お前の家は分業制なのか」


「末っ子優遇制度だ」


「初耳だな」


エドワードは本を閉じ、じっと拓海を見る。


「つまり、お前は家から距離を取っていた」


「距離っていうか……後回しにしてただけだ」


「それを世間では逃避と呼ぶ」


「うるせぇ!!」


拓海がクッションを投げる。

エドワードは片手で受け止め、丁寧に脇へ置いた。


「……帰れば進路の話になる。日本の大学に戻れだの、英国残れだの、

兄貴の伝手だの、姉貴の顔だの……面倒くせぇんだよ」


いつもの雑な声音だった。

だが、その奥にわずかな苛立ちと疲れがあった。


エドワードは少しだけ目を細める。


「……なるほど」


「なんだよ」


「お前にも鎖はあるのだな」


「誰にでもあるだろ、バカ」


拓海は天井を見上げたまま言った。


「お前みたいに分かりやすく豪華じゃねぇだけで」


その言葉に、エドワードは一瞬だけ息を止めた。


そして、静かに立ち上がる。


「……タクミ」


「なんだよ」


「行け」


「は?」


「そういう席に出ろ」


拓海が顔をしかめる。


「お前まで何言ってんだ」


「当然だ。お前は、そういう場所に立てる男だ」


言葉に迷いはなかった。


「騒がしく、粗雑で、無駄に声が大きく、朝から蛋白質の匂いがして、

礼節に難があり、校則を曲解する最低の男だが」


「また悪口しか言ってねぇ」


「だが、人の前に立てる」


拓海は黙った。

暖炉の火がゆらりと揺れる。


「……お前は、自分のこと分かっていない」


エドワードは視線を逸らさず続けた。


「お前が部屋に入れば空気が変わる。

お前が怒れば周囲が正される。

お前が笑えば、人が寄る。

そういう人間だ」


拓海の耳が、じわりと赤くなる。


「……うっせぇな」


「行ってこい」


「……やだねw」


「逃げるのか」


「後回しだっつってんだろ」


「では行くのだな」


「なんでそうなる!!」


拓海は二枚目のクッションを投げた。


今度は避けられ、暖炉の前へ落ちる。


エドワードは珍しく、ほんの少し笑っていた。


「安心しろ」


「何がだよ」


「必要なら、私が最低限の社交作法は教えてやる」


「いらねぇよ」


「グラスの持ち方」


「持てる」


「会話の切り上げ方」


「知らねぇ」


「立ち位置」


「もっと知らねぇ」


「ほら見ろ」


「うるせぇ、バカ!!」


三枚目のクッションが飛んだ。


窓の外は凍える冬だった。

だが図書室の暖炉の前だけは、不思議と温かかった。


■ジョージ幕間(観測ログ:野生児、社交界へ搬入予定編)


『サエキ事変ノート:招待状一通で揺らぐ食物連鎖』


十二月初旬。

サエキ拓海、ついに“ただの面白い先輩”では済まされない現実を突きつけられる。


現状:


拓海:

末っ子・次男・自由枠だと思っていたら、佐伯家より正式に回収命令。

本人は嫌がっているが、断る気概も薄い。詰みである。


エドワード:

表向きは冷静。だが内心、「タクミは当然ああいう場に立てる」と本気で思っている。

誇らしげで、少し面白くなさそう。面倒だね(笑)


神崎詩織:

姿は見せず、手紙一通で弟を追い詰める女傑。たぶん強い。


ジョージ:

いやー……傑作だよ(笑)。

サエキが社交界デビューする前に、ハミルトン様がテーブルマナー教師を始めた。

独占欲って、こういう形にも出るんだね。


(追記)


その夜、ハミルトン様は紅茶を飲みながら小さく呟いていた。


「……ああいう場でも、目立つだろうな」


自慢なのか、心配なのか。

どちらにせよ、重いよね。(笑)

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ