第二百十三話 「改心とは、人格の成長ではなく、朝までに面倒くさい男が少し素直になるだけの季節限定現象である」という話
てかエドワードもう拓海に愛じゃん・・・(;´∀`)
クレストフィールド学院
十二月中旬。
寄宿舎の窓は深い霧に閉ざされていた。
暖炉の火だけが、静かに部屋を赤く染めている。
外は見えない。
音も遠い。
まるで世界ごと、この部屋の外で立ち止まっているような夜だった。
エドワードは、暖炉のそばでディケンズの『クリスマス・キャロル』を閉じた。
指先が、しばらく表紙の上に残る。
向かいでは、拓海が焼き栗の皮を剥いていた。
ナイフも使わず、爪で雑に割って、熱い熱いと文句を言いながら口へ放り込んでいる。
「……タクミ」
「んー?」
「今夜、私は三人の亡霊に会った」
拓海は顔も上げずに答えた。
「それ寝不足だろ。寝ろよ、馬鹿」
「違う」
エドワードの声は低かった。
「過去の亡霊は、お前の首に巻かれたあの毛糸と、……小さすぎたセーターを見せた」
拓海の指が、ほんの一瞬だけ止まる。
「私の入れない、お前の記憶だ」
暖炉が、ぱち、と鳴った。
「現在の亡霊は、この暖炉と、……今ここにいるお前を見せた。手の届く場所にある奇跡だ」
拓海はようやく顔を上げた。
エドワードは火を見ていた。
その横顔は、いつもより少しだけ年相応に見えた。
「だが未来の亡霊が見せたのは、最悪の光景だった」
そこで一度、言葉が止まる。
「お前は日本へ帰る」
拓海は何も言わない。
「私の知らない名前で呼ばれ、私の知らない場所で笑う。
……私はハミルトンの家督という檻の中で、それを想像するしかない」
エドワードは小さく息を吐いた。
「スクルージは金に囚われていた。だが私は違う」
翡翠色の瞳が、まっすぐ拓海を向く。
「私は、お前に囚われている」
沈黙。
暖炉の火がふと、揺れる。
窓の外の霧は、まだ晴れない。
拓海は栗を一つ持ち上げたまま、しばらく黙っていた。
それから、短く言った。
「……悪化してんじゃねぇか、バカ」
「真面目な話だ」
「わかってるよ」
拓海は椅子から立ち上がり、エドワードの前まで来ると、その口元へ焼き栗をひとつ押しつけた。
「熱っ――」
「いいから食え」
「タクミ」
「未来なんて、腹減ってる時に考えるもんじゃねーよ」
焼き栗の熱が、舌に刺さる。
甘みが遅れて広がる。
エドワードは言葉を失った。
拓海は腕を組み、呆れたように言った。
「亡霊だか何だか知らねぇけど、そいつにお前の席はねぇだろ」
「…………」
「今ここに座ってんのはお前だ」
それだけだった。
それだけなのに、さっきまで胸の奥を埋めていた未来の冷たさが、少しだけほどける。
「……タクミ」
「ん?」
「お前は時々、最短距離で人を黙らせる」
「褒め言葉か?」
「侮辱だ」
「はいはいw」
拓海は笑い、また栗を一つ剥いた。
「ほら、次」
「もう少し冷ましてから渡せ」
「文句多いな」
「熱いものは熱い」
「未来よりマシだろ?w」
「……そうだな」
エドワードは、ようやく小さく笑った。
■ジョージ幕間(観測ログ:スクルージになり損ねた男)
『サエキ事変ノート:未来の亡霊より、今の栗』
十二月中旬。
ハミルトン様、『クリスマス・キャロル』を読んで、勝手に自分の未来へ絶望。
過去の亡霊:菜摘ちゃんの毛糸
現在の亡霊:暖炉の前のサエキ
未来の亡霊:自分の知らない場所で笑うサエキ
重い。
十六歳の冬に抱えるには、だいぶ上等すぎる孤独だね(笑)
でもサエキはもっと強かった。
「未来なんて、腹減ってる時に考えるもんじゃねぇよ」
である。
名作の教訓も、英国貴族の繊細な情緒も、焼き栗ひとつで現世へ叩き戻す男。
ひどい。
だが、あまりにも正しい。
現状:
エドワード
三人の亡霊を、全部サエキとの距離に変換。かなり重症。
でも、焼き栗を食べたら少し素直になった。
拓海
亡霊に興味なし。未来にもあまり興味なし。
とりあえず隣の男が曇ってたら、何か食わせる。
ジョージ
「いやー……傑作だね(笑)。ディケンズもまさか、
自分の名作が“今、焼き栗食う?”に着地するとは思わなかっただろうね(笑)」
(追記)
その後、ハミルトン様は栗の皮をしばらく机の上に置いていた。
たぶん捨てたくなかったんだと思う。
でもそれ、ただの皮なんだよね。
それ、結構重症だよ(笑)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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