第二百十二話 「手編みとは、防寒具の制作ではなく、過去から現在まで継続している親密圏を毛糸で可視化する、極めて静かな宣戦布告である」という話
菜摘ちゃん、素でエドワードを負かす
十二月中旬。
届いた小包は、思ったより軽かった。
拓海は図書室の机の上でそれを開け、薄紙をめくる。
中から出てきたのは、深いネイビーの毛糸で丁寧に編まれたマフラーだった。
「……お、マフラーか」
拓海は少し笑った。
「去年のセーター、小さかったの気にしてたんだな、あいつ」
便箋が一枚、いっしょに入っている。
***************************
冬期講習の合間に編んだから、ちょっとガタガタかも。
今度はサイズ関係ないやつにしたよ。
私の分も編んだから、お揃いね☆
写真も入れとく!
***************************
「……あ」
便箋の下から出てきた写真を見て、拓海はまた笑った。
そこには菜摘が同じ色のマフラーを巻いて、少し照れた顔で写っている。
塾帰りらしく、肩には鞄。後ろには駅前のイルミネーション。
「おいハミルトン、見ろよ。ほんとに自分も巻いてるな」
向かいで本を読んでいたエドワードが、ゆっくり顔を上げた。
「……見たくない」
「いいから!見ろってww」
拓海が写真を差し出す。
エドワードは受け取らなかった。
だが、視線だけは写真に落ちる。
その瞬間、彼の纏う空気が、すっと冷えた。
「……タクミ」
「ん?」
「それは、あまりに原始的で、しかし逃れようのない接続だな」
「は?」
「お前は今、その毛糸を通じて、日本にいる彼女と同じ温度を共有している」
拓海は瞬いた。
「なんだよその言い方」
「事実だ」
エドワードの声は静かだった。
「私は、お前を今ここにあるものとして整えようとした。……だが、彼女は違う」
拓海はマフラーを広げる。
たしかに少しだけ編み目が揃っていない。
でも、その不揃いさが妙に温かかった。
「模試のあとに編んだってさ」
拓海が、便箋を見ながら言う。
「寝る時間削ったんじゃねぇかな。……バカだよな」
エドワードは、その一言に返せなかった。
受験勉強の合間。
削られた時間。
眠い目。
それでも、拓海のために毛糸を編む指。
それは、エドワードがもっとも価値を置く“時間の投下”そのものだった。
『星の王子さま』で語った理屈が、そのまま自分へ返ってくる。
"注いだ時間が、その存在を特別にする。"
言葉にしなくても、そこには十分な重みがあった。
「……タクミ」
「ん?」
「残酷だな、お前は」
「なんでだよ」
「私は、お前を洗練された今へ引き寄せようとした。
……彼女は、毛糸一本でお前を“昔から知っている場所”へ引き戻す」
拓海はしばらく黙っていたが、やがてマフラーを自分の首に巻いた。
「お、あったけぇ」
そのまま、もう片方の端をエドワードの首元へ押しつける。
「ほら、触ってみろ?」
「……断る」
「いいから」
逃げる間もなく、毛糸がエドワードの顎先に触れた。
柔らかい。
少し粗い。
けれど確かに、手の温度が残っているようだった。
エドワードは、その感触に一瞬だけ言葉を失った。
そこには百貨店の包装も、格式も、完璧な演出もなかった。
ただ、時間だけがある。
「……悔しいか?」
拓海が、少し笑って聞く。
「非常に」
「素直だな」
「お前が相手だと、隠す気も失せる」
拓海は吹き出した。
「じゃあ、お前も何か巻けよ」
「何をだ」
「知らねぇけど。マフラーでも布でも」
エドワードは無言で立ち上がった。
数秒後、自分の椅子の背に掛けていた最高級のカシミアマフラーを手に取る。
そして、それを拓海の首へ、菜摘のマフラーの上から重ねて巻きつけた。
「……うわ、重っ」
「中和だ」
「何を」
「私の情緒をだ」
「知らねぇよ、バーカ」
ネイビーの手編みの上に、品のいい深緑のカシミア。
首元だけがやたら豪華で、やたら暑苦しい。
拓海は鏡代わりに窓を見て笑った。
「なんだこれ」
「防衛だ」
「負けてんじゃねぇか」
「認めるな」
■ジョージ幕間(観測ログ:毛糸の接続とハミルトンの敗北編)
『サエキ事変ノート:格式、毛糸に敗れる』
十二月中旬。
菜摘ちゃん、一通の小包で英国貴族のプライドを丁寧に解体。
しかも今回は、ただの手作りじゃない。
受験勉強の合間をぬって編んだマフラーだ。
ひどい。
そんなの、ハミルトン様が一番信じてる“時間の価値”そのものじゃないか。
三時間かけて百貨店のカタログを検討した男が、
模試のあとに編まれた毛糸に敗北する。
美しいね(笑)
現状:
エドワード
格式と洗練で勝負するはずが、手編みの“時間”に刺された。かなり効いている。
たぶん今、来年の冬までに自分も何か編めるか本気で考えてる。
拓海
菜摘の心遣いに素直に笑い、エドワードの嫉妬にも素直に笑う。
どっちも首に巻く気でいるのが、いちばんたちが悪い。
ジョージ
「いやー……完敗だね(笑)。ハミルトン様、“君の網目は甘い”とか負け惜しみ言ってたけど、一番内側にあるのは最初に巻かれた方なんだよ(笑)」
(追記)
最後までエドワードは、
「これは防衛であって嫉妬ではない」
と言い張っていた。
でも、拓海の首に自分のマフラーまで巻いた時点で、だいぶ負けている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
いいねや感想など、いつも励みになっています。
この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




