第二十話 「合理主義者が初めて理屈で解決できない問題に遭遇した」という話
幼馴染は強い
クレストフィールド学院、放課後の談話室。
西日が窓から差し込み、部屋を柔らかな橙色に染めていた。
静かな時間だった。
拓海はソファに腰を下ろし、一通の手紙を読んでいる。
何度も読み返した跡のある封筒。
その中から、一枚の写真が滑り落ちた。
「……ふぅ」
思わず頬が緩む。
「やっぱ落ち着くわ」
写真の中では、一人の少女が笑っていた。
見慣れた笑顔。
日本で、自分の帰りを待っている幼馴染。
その時だった。
「……誰だ」
振り返る前に分かった。
エドワードだ。
いつの間にか背後に立ち、写真を静かに見下ろしている。
拓海は写真を軽く持ち上げた。
「幼馴染」
「日本にいる。ガキの頃から一緒なんだ」
「……ほう」
エドワードは写真を見る。
それから拓海を見る。
もう一度写真を見る。
「その人物を見る時と」
一拍。
「お前は今、笑い方が違う」
「え?」
「柔らかい」
拓海は少しだけ照れくさそうに笑った。
「まあな」
写真へ目を戻す。
「あいつ、料理うまいんだよ」
「手紙にも今日の晩飯が肉じゃがだって書いてある」
「腹減るわ」
少し遠くを見る。
その表情を、エドワードは静かに観察していた。
椅子を引く。
拓海の向かいへ座る。
ノートを開く。
「タクミ」
「……やめろ」
「まだ何も言っていない」
「そのノート開いた時点で嫌な予感しかしねぇんだよ」
ペン先が紙へ触れる。
「質問だ」
「始まった」
「その『オサナナジミ』とは」
一拍。
「何だ」
拓海は少し考えた。
「……何だろうな」
「家族でもない」
「恋人でもない」
「でも、帰ればいる奴」
「気付いたら隣にいた奴」
「そんな感じ」
エドワードは黙って書く。
『オサナナジミ』
『時間蓄積型』
『精神安定効果』
「勝手に分析するな」
さらに書き足す。
『料理補正』
「だからやめろって!」
エドワードは顔を上げる。
「つまり」
「数千キロ離れていても影響を及ぼす」
「……まあ、そういうもんだな」
「非合理だ」
「人間そんな合理だけで生きてねぇんだよ」
沈黙。
エドワードは腕を組んだ。
本気で考えている。
「質問」
「まだあるのか」
「私は今から過去へ戻れるか」
「無理」
即答。
「一年前なら」
「無理」
「半年前」
「無理」
「一か月」
「だから無理だって」
「一週間」
「幼馴染にならねぇよ」
「昨日」
「ならねぇ」
「今日」
「だから違う!」
談話室に笑い声が響いた。
エドワードは真顔だった。
「解せんな」
ぽつりと呟く。
「私は努力で大抵の問題は解決できると思っていた」
「……うん」
「しかし」
写真へ視線を向ける。
「これは努力では覆せない」
拓海は少しだけ笑う。
「まあな」
「幼馴染は積み重ねだから」
「後からなるもんじゃねぇよ」
しばらく沈黙が続いた。
暖かな西日だけが部屋を照らしている。
やがて
エドワードは静かにノートを閉じた。
「……理解した」
「お」
「幼馴染には」
一拍。
「勝てない」
拓海は吹き出した。
「勝負してねぇよ!」
「そうなのか」
「そうなの!」
「私は勝負だと思っていた」
「だから違うって!」
エドワードは写真をもう一度だけ見る。
少女は穏やかに笑っていた。
少しだけ考え、
静かに呟く。
「……強敵だ」
「人の幼馴染をライバル認定するな」
拓海は笑いながら写真を封筒へ戻した。
西日がゆっくりと傾いていく。
エドワードはまだ何か考えている。
きっと。
合理主義者は今日初めて、
「時間だけは努力では買えない」
という、人生で最も非合理な事実を知ったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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