第二百十話 「休暇とは、離れるための制度ではなく、誰の元へ戻るかを本人に突きつける残酷な選択である」という話
エドワードが拓海といられる最後のクリスマスかもですもんねぇ
十二月二十日。
クレストフィールド学院は、休暇を前にした浮き足立った空気に包まれていた。
廊下では生徒たちが荷造りの話をし、談話室では「どこへ帰る」「何を貰う」「何日休める」といった声が飛び交っている。
笑い声は多いのに、窓の外の霧は深く、日暮れは早かった。
その喧騒から少し離れたプレフェクト室には、暖炉の火が静かに灯っていた。
だが、そこに流れる空気は、廊下のそれよりずっと重い。
エドワードは火のそばに立ち、しばらく何も言わなかった。
拓海は窓辺に寄りかかり、結露した硝子に指先で意味のない線を引いている。
「……タクミ」
ようやく、エドワードが口を開いた。
「本当に帰らないのか」
拓海は窓の外を見たまま答える。
「ああ」
「日本からは、帰ってこいと言われているのだろう」
「まぁな」
「お前の両親も、兄も」
「うん」
拓海は少しだけ肩をすくめた。
「帰ったらさ、たぶんまた進路の話になるんだよ」
エドワードは黙って聞いていた。
「姉貴のとこ行っても同じだ。義兄はパンフレットとか持ってくるし、姉貴は姉貴で、
妙に優しい顔で“これからどうするの?”って聞いてくる」
「…………」
「菜摘も受験で忙しいしな」
拓海はそこで一度言葉を切った。
暖炉が小さく鳴る。
「今の俺には、ちょっと眩しすぎんだよ。ああいうの」
その声は軽かった。
けれど、軽く流していい言い方ではなかった。
日本が嫌なわけではない。
家族が嫌なわけでもない。
むしろその逆で、ちゃんと愛されている場所だからこそ、
今の自分の中途半端さが余計に浮き彫りになる。
帰れば、答えを求められる。
どこへ行くのか。何になるのか。何を選ぶのか。
まだ決めていないことを、決めていないままではいられなくなる。
「……そうか」
エドワードはそれだけ言った。
それから、コートの襟を整えるような仕草をして、淡々と続けた。
「なら、私も最短で戻る」
拓海が、ようやく振り返る。
「……あ?」
「礼拝には出る。新年の公式行事にも出る」
「へぇ」
「それが終われば寮へ戻る」
拓海はしばらくエドワードを見ていた。
「……いいのかよ」
「何がだ」
「実家。晩餐会とか、親父さんの客とか、いろいろあんだろ」
「ある」
「じゃあ」
「だから、必要なものだけ出る」
エドワードの声は静かだった。
「残りは切る」
その言い方に、拓海は少しだけ目を細めた。
「ずいぶん思い切ったな」
「そうでもない」
エドワードは火を見る。
「ただ、今年の冬は」
そこで一度、言葉が止まる。
「長く空けたくない」
それ以上は言わなかった。
だが、それで十分だった。
拓海は鼻で笑った。
「勝手にしろよ」
「そうする」
「お前がいねぇと、薪のくべ方わかる奴いねぇしな」
「お前は本当に」
「ん?」
「どうしてそう、雑に言う」
「雑じゃねぇよ。実用だ」
「侮辱だな」
「褒めてんだよ、バーカ」
拓海はそう言って、エドワードの背中をどんと叩いた。
強めだった。
エドワードは少しだけよろめき、振り返って睨む。
だが、何も言わなかった。
霧の向こうにあるそれぞれの家。
それぞれの名前。
それぞれの重さ。
そのどれもが確かにあるのに、今この瞬間、二人が見ている先は同じだった。
■ジョージ幕間(観測ログ:冬の帰還先編)
『サエキ事変ノート:笑えないやつ』
十二月二十日。
寮中が休暇の話で浮かれている中、
あの二人だけは少し違った顔をしていた。
サエキは日本へ帰らない。
ハミルトン様は家へ帰る。
でも、戻ってくると言った。
ただそれだけのことなのに、妙に重い。
サエキが日本を避ける理由はわかる。
愛されている場所ほど、まだ決めていない人間には眩しい。
ハミルトン様が家を途中で抜けてくる理由もわかる。
あの人は今、自分の家より、戻る先を別の場所に作り始めている。
笑うには少し若く、
茶化すには少し本気だった。
だから今日は、あまりうまいことが言えない。
……いや、少しだけなら言えるか。
ハミルトン様。
君、結局“義務は果たす”んだね。えらいえらい。
そのうえで最短で戻るとか、あまりにもわかりやすすぎるだろ(笑)
サエキもサエキで、
“お前のために残る”とは最後まで言わないくせに、
相手が戻ってくる前提で薪の話をしてるんだから、十分ひどい。
ほんと、よく似た者同士だ。
(追記)
見送りの朝。
サエキは寮の門のところまで出てきて、片手だけ上げた。
ハミルトン様は振り返らなかった。
でも、歩幅が一度だけ乱れた。
あれはたぶん、冬のせいじゃない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




