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第二百三話 「手紙とは、紙に書かれた言葉ではなく、遠く離れた場所が、まだ自分を覚えているという証明である」という話

拓海にとってエドワードは友人だけどねー。エドワードは?

十一月下旬。

霧の濃い午後だった。


授業を終えた拓海がハウスへ戻ると、暖炉脇の小卓に、見慣れぬ封筒が一通置かれていた。


薄いクリーム色の便箋封筒。

日本の切手。

少し丸みのある、見覚えのある字。


拓海は足を止めた。


「……あ」


その一文字だけが、やけに小さく漏れた。

ソファで本を読んでいたエドワードが、ページをめくる手を止める。


「……何だ」


「いや……手紙」


「見ればわかる」


「日本から」


その言葉に、エドワードの視線だけが静かに上がった。


拓海は封を切り、便箋を広げた。


数秒、黙って読む。

もう一枚めくる。

そのまま、何も言わない。


暖炉の薪が、ぱち、と爆ぜた。


「……誰からだ」


「菜摘」


短い返事。


エドワードは頷きもしなかった。

ただ、指先で本の角を一度だけ強く押さえた。


手紙の中身は、重いものではなかった。


塾が忙しいこと。

駅前にイルミネーションが出たこと。

模試の結果が最悪だったこと。

クラスの誰それが推薦で決まったこと。

寒くなったこと。

風邪をひくなということ。


最後に、一行だけ。


たっくん、そっちでちゃんとやってる?


それだけだった。


それだけなのに、拓海はしばらく便箋を閉じられなかった。


「……大した内容ではなさそうだな」


エドワードが淡々と言う。


「んー……まぁな」


「泣くほどでもない」


「泣いてねぇよ」


「顔が妙に静かだ」


「うるせぇな」


拓海は笑った。

だが、その笑い方が少しだけ遅い。


日本では、皆が前へ進んでいる。


受験。進路。焦り。選択。

正しい順番で、正しい年齢で、正しい未来へ向かっている。


その中で菜摘は、わざわざ海を越えて、ここにいる自分へ手紙を書いた。


置いてきたはずの日常が、まだ自分を数えていた。


その事実が、妙に胸へ刺さった。


「……返事は書くのか」


エドワードの声は平坦だった。


「たぶんな」


「そうか」


「なんだよ」


「別に」


だが別に、で済む声ではなかった。


拓海は便箋を畳みながら、横目でエドワードを見る。


「……お前、機嫌悪くね?」


「当然だ」


「なんで」


「お前が、今ここにいるのに」


本を閉じる音がした。


「その紙切れ一枚で、別の場所へ連れて行かれそうな顔をしている」


拓海は一瞬、目を丸くしたあと、吹き出した。


「なんだそれ」


「笑うな」


「嫉妬かよ」


「違う」


「顔に書いてあるぞ、バカ」


「違うと言っている」


耳だけ少し赤い。


拓海は立ち上がり、便箋を胸ポケットへしまった。


それから暖炉の前まで歩き、エドワードの本を取り上げる。


「……何をする」


「紙切れ一枚で連れてかれねぇって証明」


「意味不明だ」


「ほら、席詰めろ」


「断る」


「詰めろ、寒い」


結局、エドワードは詰めた。


拓海はその隣へ乱暴に座り、肩をぶつけるように寄りかかった。


「……俺は今ここにいる」


「……そうだな」


「日本も日本で、ちゃんとある」


「……気に入らん」


「お前、ほんと面倒くせぇな」


「知っている」


暖炉の火が揺れる。


遠い国では、受験生たちが机へ向かっている。

ここでは、二人の少年が肩をぶつけ合って座っている。


どちらも同じ十一月だった。


■ジョージ幕間(観測ログ:海を越える紙一枚編)

『サエキ事変ノート:手紙と嫉妬の午後』


十一月下旬。

日本の少女、一通の手紙でハミルトン様の精神を揺らすことに成功。


現状:


菜摘

近況報告しただけ。


拓海

平静を装うが、かなり刺さっている。


エドワード

紙に負けたくなくて不機嫌。


ジョージ

「いやー……傑作だね(笑)。海を越えて届いたのは恋文じゃない。

ただの近況報告。それなのにハミルトン様、完全に敗北顔だったよ(笑)」


(追記)


その夜、ハミルトン様は日本への郵便料金を調べていた。


実にわかりやすい。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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