第二百二話 「十一月とは、未来へ走る者たちと、まだ立ち止まって笑っている者たちが、同じ寒さの中にいる季節である」という話
菜摘ちゃんいっそ追いかけていけば・・・
十一月下旬。
世界の寒さは、案外どこでも似ている。
吐く息が白くなり、指先がかじかみ、夜が急に長くなる。
人は自然と肩をすくめ、温かい場所を探し始める。
だが、その寒さの中で何に向かって身体を動かしているかは、国によって、場所によって、まるで違っていた。
日本。夜九時過ぎ。
駅前の塾ビルには、まだ明かりがついている。
自習室では、蛍光灯の下に並ぶ机へ向かい、同じ年代の少年少女たちが黙々とペンを走らせていた。
問題集のページをめくる音。
シャープペンの芯が折れる音。
誰かの小さな溜息。
壁には「冬期講習受付中」「センターまであと○日」「第一志望を諦めるな」と、未来へ急かす言葉が並んでいる。
菜摘は英語長文の問題集を閉じ、こめかみを押さえた。
窓の外には、イルミネーション。
コンビニにはクリスマスケーキの予約ポスター。
街は浮かれ始めているのに、自分たちだけはそこへ入れない。
「……たっくんなら、この文法、勘で当てそう」
ふと零れた独り言に、自分で苦く笑う。
あの男は今ごろ、遠い国で何をしているのだろう。
同じ寒さの中で、何を考え、どこへ向かっているのか。
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英国。寄宿舎のコモンルーム。
暖炉の火が赤く揺れ、ソファには投げ出された長い脚。
拓海はブランケットに半分埋まりながら、焼きすぎたマシュマロを頬張っていた。
「……苦っ」
「当然だ。お前は学習能力がない」
隣でエドワードが本を閉じる。
「いや、外カリカリ中トロトロ狙ったんだよ」
「それを炭化という」
「言い方」
テーブルには課題のノートが開かれたまま。
だが三十分前から一文字も進んでいない。
窓の外では霧が流れ、芝生には霜が降り始めていた。
拓海は暖炉を見つめながら、ぽつりと言った。
「……今ごろ、日本のやつら大変なんだろうな」
「受験か」
「うん。塾とか模試とか。人生決まる時期なんだろ」
「人生など、その程度で決まりはしない」
エドワードは即答した。
「少なくとも、お前を見ていればわかる」
「なんだそれ」
「日本で机に向かっていた人間が、今ここでマシュマロを焦がしている」
「うるせぇ」
拓海は笑って、残りのマシュマロを放り込んだ。
日本では、多くの若者が未来のために椅子へ座っている。
英国では、一人の若者が暖炉の前でだらしなく笑っている。
どちらも、同じ十一月だった。
走っている者たちがいる。
まだ立ち止まり、行き先も決めず笑っている者たちもいる。
そのどちらが正しいかなど、季節は教えてくれない。
ただ寒さだけが平等に降りてきて、誰の肩にも同じように積もっていく。
「タクミ」
「んー?」
「お前は、いずれ何かを選ぶのだろう」
「……たぶんな」
「なら、それまでは」
エドワードは新しいマシュマロを串に刺し、火へかざした。
「せめて焦がさず焼け。見ていて腹が立つ」
「そこかよ」
拓海の笑い声が、暖炉の火に混じって広がった。
■ジョージ幕間(観測ログ:十一月の温度差編)
『サエキ事変ノート:未来組と保留組』
十一月下旬。
日本では受験生が未来へ向かって全力疾走中。
英国ではサエキ拓海が暖炉前で焼き菓子みたいな顔をしている。
現状:
日本の同世代たち
偏差値・志望校・将来設計で駆動。
拓海
マシュマロの焼き加減で駆動。
エドワード
そんな拓海の進路より、焼き加減の方を気にしている。
ジョージ
「いやー……いいね(笑)。世界中が未来の話をしてるのに、
あの二人だけ“今うまいかどうか”で生きてるんだから(笑)」
(追記)
菜摘がノートを閉じた頃。
拓海は三個目のマシュマロを焦がした。
エドワードは本気で怒った。
世界は広い。
悩みの種類も、実にさまざまである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




