第百九十四話 「変装とは、自分を隠すことではなく、無自覚な欲望を”祝祭”という免罪符で暴発させる儀式である」という話
なんだろう、思ってる方向になかなかいかない。エドワード、お前少しは作者の言う事聞けよ…
十月三十一日、ハロウィンの夜。
ハウスのコモンルームは、普段の規律が嘘のように崩れ、
灯りとざわめきに満ちていた。
くり抜かれたカボチャのランタンが、床や壁に不安定な影を揺らしている。
拓海は、その中心から少し外れた場所に立っていた。
着ているのは、どこで見つけてきたのか分からないボロボロの学ラン。
肩には、誰かが持ち込んだらしい黒猫が当然のように乗っている。
「……おい、サエキ。その格好……仮装か?」
通りすがりの上級生が苦笑する。
「一応な。日本の“バンカラ”ってやつ」
拓海は気のない調子で答え、猫の頭をぽんと撫でた。
「これが一番楽なんだよ。……それより」
周囲を見回す。
「エド見なかったか? あいつ、さっきからいねぇんだけど」
その瞬間、コモンルームの入口付近で、空気がわずかに変わった。
ざわめきが一拍遅れて静まる。
視線が集まる。
そこに立っていたのは、エドワードだった。
白いシャツに深紅のベスト、黒のロングコート。
首元には細いリボン。
過剰ではないが、どこか時代を外した装い――吸血鬼を思わせる意匠。
だが、決定的なのは服ではなかった。
その立ち方と視線が、場の温度を一段引き下げている。
「……タクミ」
低く呼ばれる。
拓海が振り返る。
エドワードはゆっくりと歩み寄り、数歩手前で足を止めた。
「今夜は仮面の夜だ。……ならば、私もそれに従う」
わずかに口角が上がる。
「お前を捕まえるための、口実としては都合がいい」
「は?」
拓海は一瞬だけ眉を寄せたが、すぐにため息をついた。
「……なんだよ、その回りくどい言い方」
エドワードはその反応を気にする様子もなく、一歩だけ距離を詰める。
「祭りというものは、本来の欲望を隠すためのものではない。……露出させるためのものだ」
視線が逸れない。
「ならば私は、それに従うだけだ」
一瞬の間。
「―お前の時間を、今夜すべてこちらに引き寄せる」
周囲がざわつく。
誰かが小さく笑い、別の誰かが肘で突き合う。
その空気の中で、拓海は…
「……あー、はいはい」
あっさりと遮った。
「終わったか?」
「……何?」
「演説」
拓海は一歩近づき、エドワードの胸元を軽く指で押した。
「お前さ、今日くらい普通に楽しめよ」
「……私は十分楽しんでいる」
「嘘つけ」
即答だった。
「そういうの、“やらなきゃ”って顔だろ」
エドワードが、ほんの一瞬だけ言葉を失う。
その隙を逃さず、拓海は振り返った。
「それより来い。新入生がリンゴで溺れかけてる」
「……は?」
「プレフェクトの仕事だろ。俺一人じゃ足りねぇ」
肩越しに言い捨てる。
「お前も来いよ、“吸血鬼”」
その呼び方に、エドワードの目がわずかに細くなる。
「……命令か」
「違ぇよ」
拓海は笑った。
「誘ってんだよ、バカ」
その一言で、空気が変わる。
エドワードは小さく息を吐き、わずかに肩の力を抜いた。
「……ならば、仕方ない」
そう言って、歩き出す。
二人並んで、喧騒の中へ戻っていく。
白い衣装の裾が揺れ、黒い学ランの袖がそれにかすかに触れる。
仮面も、演出も、役割も――
すべてが混ざり合った夜の中で、
二人だけは、やけに自然な距離でそこにいた。
■ジョージ幕間(観測ログ:ハロウィン編)
『サエキ事変ノート:仮面、機能せず』
少し離れた位置で、ジョージはカメラを構えていた。
シャッターを切る。
白と黒。
対照的な二つの影が並ぶ。
「……あーあ」
小さく呟く。
「また失敗してる」
ノートに書き込む。
ハミルトン様:仮装で優位性確保を試みる
結果:通常運転に吸収
「意味ないんだよね」
くすりと笑う。
「何着ても同じ」
もう一枚。
サエキ:反応変化なし
→仮面認識せず
ペンを止めて、少し考える。
それから、付け足す。
結論:素体で勝負するしかない
「まぁ、それが一番面白いけど」
肩をすくめる。
レンズ越しに二人を見る。
リンゴを拾いながら、何か言い合っている。
笑っているようにも見えるし、言い争っているようにも見える。
「……いいね」
小さく呟く。
「祝祭、関係なかったな」
ノートを閉じ、ジョージは満足げにその場を離れた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




