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第百九十一話 「確信とは、相手の変化を愛でることではなく、相手がどう変貌しようと揺るがない自分の立ち位置を自覚することである」という話

ジョージが一番ストーカー説

ラグビーの練習後。

湯気の立ち込める部室には、湿った空気と石鹸の匂いが混じり合っていた。


濡れた床に、水滴がぽたり、ぽたりと落ちる。


エドワードは鏡の前に立っていた。

まだ水の残る髪をそのままに、何かを測るような目で、自分の姿を見つめている。


変わったものは、確かにある。


肩の厚み。

線の引き締まり方。

そして、視線の高さ。


(……足りるか)


声には出さず、心の中だけで問いかける。


そのとき。


「……エド」


背後から、気の抜けた声が飛んできた。


振り返る前に、隣に人影が並ぶ。


拓海だった。


濡れたタオルで乱暴に頭を拭きながら、鏡越しにエドワードを見る。


「さっきから何してんだよ」


エドワードは視線を外さずに答えた。


「……確認している」


「何をだよ」


わずかな間。

言葉を選ぶような沈黙。


「……私が」


声が少しだけ低くなる。


「お前の隣に立つに値するかどうかを」


空気が、ほんのわずかに変わる。


拓海の手が止まった。


鏡越しに、エドワードを見る。


数秒。

それから。


「……は?」


間の抜けた声。


そのまま、特に意味もなさそうに―

濡れたタオルを、エドワードの頭にバサリとかぶせた。


視界が暗くなる。


「何言ってんだ、お前?」


いつも通りの調子だった。


軽い。

けれど、揺れがない。


「お前が変わったのは分かる」


一拍置いて、続ける。


「さっきのも、見てたしな」


タオルの下で、エドワードの呼吸がわずかに止まる。


「……でもさ」


その声は、やはり軽いままだ。


「だから何だよ」


静かに言う。


「お前が何やろうが」


「どこまで行こうが」


「お前はお前だろ?」


それ以上でも、それ以下でもない、という言い方だった。


エドワードが言葉を探す。


「……私は」


「選ばれるとかさ」


その言葉を、やんわりと遮る。


「そういうの、やめろ?」


強くもなく、弱くもなく。


ただ、はっきりと。


「俺、そんな理由でここにいねぇから」


タオルが取り払われる。


視界が戻る。


すぐ目の前に、拓海の顔がある。


「俺がここにいるのは」


ほんの少しだけ声が落ちる。


「俺がいたいからだ」


それだけだった。

理由は、それ以上増えない。


「お前が変わろうが」


「変わらなかろうが」


「俺の位置は変わらねぇよ」


ぽん、と軽く肩を叩かれる。


「だから安心しろ」


少しだけ笑う。


「無駄じゃねぇから」


それだけ言って、背を向ける。


「……じゃあな!」


扉が開いて、閉まる。


静けさが戻る。


エドワードは、その場に立ったまま動かなかった。

鏡の中の自分と、視線が合う。

さっきまで確かめていた“変化”が、別の意味を持ち始めている。


「……はは」


小さく、息が漏れた。


「……そうか」


ゆっくりと、目を閉じる。


「……違っていたのは、私の方か」


自分を変えること。

それ自体は間違っていない。


だが―


『 何のために変わるのか』


その問いが、ずれていた。


「選ばれるため」ではない。


『 すでにそこにある関係を、どう引き受けるか』


それだけだった。


「……タクミ」


名を呼ぶ。


返事はない。

それでも、確かにそこに“残っている”。


エドワードは小さく笑った。


「……面倒な男だ」


だがその声は、どこか穏やかだった。


■ジョージ幕間(観測ログ:前提崩壊と再構築)


『サエキ事変ノート:選ばれる以前の関係』


「……壊れたね」


ジョージはカメラを構えたまま、小さく呟く。


「“選ばれるための努力”って前提」


シャッター音。


「でもさ」


もう一枚。


「無駄じゃない」


少しだけ口元を緩める。


「むしろ逆」


レンズ越しに、誰もいない部室を見る。


「やっと本題に入った」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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