幕間 「サエキ事変ノート:最後の一年、その書き換えの記録」という話
ジョージの予想は当たるかな?かな?
■ジョージ幕間(年間観測計画)
夜の寮は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
窓の外には、薄く湿った秋の空気。
室内には、現像液と紙の匂いがわずかに残っている。
机の上には、何枚もの写真が散らばっていた。
泥に沈んだグラウンド。
雨に濡れた廊下。
至近距離で言葉を交わす二人の影。
ジョージはその中の一枚を指先でなぞり、軽く弾いた。
「……始まったな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
ノートを開く。
少しだけ迷ってから、ページの上にタイトルを書く。
サエキ事変ーー最終年度。
ペン先が紙の上で止まる。
すぐには書かない。
代わりに、昼間の光景を思い出す。
ラグビーグラウンド。
泥に足を取られながら、それでも前に出る二人。
あの距離。
あの、説明のつかない密度。
ジョージは小さく息を吐いた。
「……秋は、これだな」
ようやくペンが動き出す。
何かを証明しようとしている顔。
噛み合わないまま、必死に近づこうとしている動き。
どれだけ積み上げても、微妙に外れていく感じ。
それを、無意識に蹴り飛ばしているもう一人。
「違うのか、って顔してる」
くす、と笑う。
“何をしても届かないのか”
そんな問いが、もう顔に出ている。
ペンを止める。
少しだけ考えて、書き足す。
まだ、届かない。
それだけで十分だった。
ページをめくる。
紙の音がやけに大きく響く。
「……で、冬」
今度は少しだけ、筆圧が強くなる。
ここで一度、壊れる。
そういう確信があった。
理由は単純だ。
今のままでは、持たない。
役割。
責任。
家の名前。
それらが重なった時、
今の“作り替えた自分”では、耐えきれない。
「……見たいな」
ぽつりと漏れる。
全部剥がれた顔。
取り繕っていない状態の、あの男。
ペン先がゆっくりと動く。
何も持たないまま、手を伸ばす瞬間。
それを書いてから、ジョージは少しだけ満足そうに頷いた。
「ここが一番、いい」
もう一度ページをめくる。
今度は、少しだけ静かに。
春。
言葉にすると軽い。
だが、その中身は真逆だった。
終わりではない。
むしろ、何もかもがほどける地点。
「……あぁ」
小さく息を吐く。
ここでようやく、理解する。
選ばれる必要なんて、最初からなかった。
関係は、先にあった。
自分がそれを“条件”で測ろうとしていただけだ。
ペンが止まる。
しばらく、そのまま考える。
それから、ほんの少しだけ書き足す。
理由のない並び。
それを見て、ジョージは小さく笑った。
「これだな」
ノートを閉じる。
机の上の写真に視線を落とす。
泥の中で、並んでいる二人。
言葉はない。
けれど、どこにも逃げ場がない距離。
「サエキ」
ぽつりと呟く。
「君、ほんとにさ」
指で写真の輪郭をなぞる。
「とんでもないもの拾ったよね」
少しだけ目を細める。
「……まぁ」
肩をすくめる。
「だから面白いんだけど」
ペンをもう一度手に取る。
ノートの端に、小さく書き足す。
観測対象:エドワード・ハミルトン
一拍置いて、その下に。
最終到達予測:
少しだけ考えてから、ゆっくりと書く。
“理由もなく隣にいる男”
書き終えて、ペンを置く。
「……上出来」
静かな部屋に、かすかな笑いだけが残った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。




