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第百八十六話 「肖像とは、真実を写す鏡ではなく、相手の魂を閉じ込めて自分を永遠にするための檻である」という話

ドリアン・グレイは僕が高校生くらいかなー、読んだの。


九月、深夜の寮。

灯りを落とした室内に、月明かりだけが差し込んでいる。


エドワードは机に置かれた一冊の古い原書を、静かに閉じた。


表紙には、金の装飾。


擦り切れたタイトル。


ドリアン・グレイの肖像


「……それ、何だ」


トランクの上に腰掛けた拓海が、気のない声で問う。


エドワードはすぐには答えない。

少しだけ、本の背を指でなぞる。


「……興味深い話だ」


短く言う。


「人間は、自分を直接保存することができない」


一拍。


「だから、別の形に預ける」


拓海が肩をすくめる。


「若さとか、美しさとか、そういうやつだろ?」


「……そうだ」


だが、そこでエドワードはわずかに首を振る。


「だが、それは本質ではない」


静かに、視線を上げる。


「彼は、自分を保存しようとして失敗した」


間。


「本来、閉じ込めるべきだったのは、自分ではない」


一歩、近づく。


「……自分を“変えてしまう存在”の方だ」


拓海の表情が、ほんのわずかに動く。


「タクミ」


呼びかけは、低く落ちる。


「私は、この夏――理解した」


言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。


「人間は、他者によって輪郭を持つ」


さらに一歩。


「お前がいない場所で、私は“何も変わらない自分”になった」


視線が、わずかに揺れる。


「……それは、完成ではない」


小さく息を吐く。


「ただの停止だ」


沈黙。


そのあとで、初めて手が伸びる。


拓海の頬に触れる。


今度は、優しくも冷たい。


「だから、私は逆にした」


「お前を閉じ込めるのではない」


一拍。


「お前によって変わる自分を、捨てないことにした」


拓海が一瞬、言葉を失う。


(……ああ)


(そう来たか)


エドワードは続ける。


「だが――」


ここで、少しだけ熱が入る。


「お前が、自分を安く定義することは許さない」


視線が強くなる。


「“普通”などという曖昧な枠に、自分を押し込めるな」


距離はもう、ほとんどない。


「お前は、お前のままで変わり続けろ」


「……その過程を、私は見ている」


静かに言い切る。


「それが、私の“保存”だ」


沈黙。

数秒後。

拓海が、ふっと笑う。


「……勝手なやつだな」


軽く頭を振る。


「でもまぁ」


エドワードを見る。


「額縁に入れられるよりはマシか」


少しだけ目を細める。


「俺は、勝手に変わるぞ」


「汚れるし、ズレるし、間違う」


一拍。


「それでもいいなら、見てろよ」


エドワードは、答えない。


ただ、その言葉をそのまま受け止める。


月明かりの中で、二人の距離だけが静かに確定していく。


■ジョージ幕間(観測ログ:肖像の反転編)


『サエキ事変ノート:額縁を拒絶する被写体編』


「……あーあ」


ジョージは笑う。


「ついにやったね」


カメラを覗きながら、楽しそうに呟く。


「閉じ込めるの、やめた」


一拍。


「その代わり、“見続ける”ことにしたわけだ」


シャッター音。


「……それ、いちばん逃げ場ないやつだよ?」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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