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第百八十五話 「選択とは、何かを捨てることではなく、すべてを破壊してでも自分を完成させるための蛮勇である」という話

この1年はもっとじっくりになりそうで困るな―

クレストフィールド学院

九月、深夜。


寮の自室には、灯りを落としたままの静かな空気が満ちていた。

エドワードは窓際に立ち、手にしていた一冊の本を静かに閉じる。


その表紙には、古い装丁の文字。


―『舞姫』


机の向かいで、拓海が椅子を傾けたままそれを眺めている。


「……珍しいな。お前が課題以外読むの」


軽口。

だが、エドワードはすぐには答えない。

数秒。

沈黙のあとで、ようやく口を開く。


「……実家の書庫にあった」


短い一言。


それだけで十分だった。


拓海は少しだけ眉を上げる。


(ああ、そういうことか)


「で?」


続きを促す。


エドワードは本を机の上に置く。

その動きは静かで、妙に慎重だった。


「……愚かな男の話だ」


ぽつりと落ちる言葉。


だが、その声音は、どこか引っかかる。


拓海は椅子を回し、正面に向き直る。


「どこが?」


軽く聞く。


エドワードは一瞬だけ視線を落とす。


「彼は……すべて理解していた」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「何を選べば、自分が壊れずに済むか」


一拍。


「それでも、その通りに選んだ」


顔を上げる。


「だから、何も残らなかった」


静かな声だった。

さっきまでのような断定ではなく、どこか確かめるような言い方。


拓海は、少しだけ考える。


「……まぁ、そうだな」


「出世はしたけど、全部捨ててる感じだよな」


そこで、エドワードが小さく息を吐く。


「違う」


はっきりと言う。


「捨てたのではない」


視線が、まっすぐに拓海を捉える。


「捨てた時点で、彼はもう“それを選んだ自分”に戻れなくなった」


一歩、踏み出す。


「タクミ」


声が、少しだけ低くなる。


「私は、この夏……それに近い状態を経験した」


拓海の表情がわずかに変わる。


「お前がいない伯爵邸は、完全だった」


淡々と続ける。


「静かで、正しくて、何一つ欠けていない」


一拍。


「……だからこそ、成立しなかった」


その言葉だけが、わずかに重く落ちる。

距離が縮まる。


「タクミ」


今度は、はっきりと呼ぶ。


「私は、ああはならない」


もう迷いはなかった。


「何を失っても構わない」


「だが、お前を切り離して完成するような自分は、必要ない」


手が伸びる。

今度は、止まらない。

襟元を軽く掴む。

だが力は強くない。


「お前が、日本に戻ろうが、何を選ぼうが構わない」


視線が、わずかに鋭くなる。


「……そのうえで」


「お前が最終的に選ぶ場所を、私にする」


言い切る。


「そのために壊す必要があるなら、壊す」


静かな声。

だが、その中にある覚悟は、揺らがない。


拓海は、一瞬だけ言葉を失う。


(……こいつ)


変わっている。

でも、変わっていない。


口元が、ゆっくりと歪む。


「……相沢とか、お前の親父が泣くぞ」


軽く返す。


エドワードは一瞬だけ目を細める。


「知ったことか」


即答。


だが、そのあとで、ほんの一瞬だけ視線が揺れる。


「……私は」


言葉がわずかに遅れる。


「お前がいない状態に、戻る気はない」


それだけだった。


拓海は、少しだけ息を吐く。


「……わかったって」


軽く言う。


「その代わり」


目線を合わせる。


「お前も、豊太郎みたいにウダウダ悩んで逃げんなよ」


間。


「選ぶなら、ちゃんと最後までやれ」


静かな声。

だが、それはまっすぐだった。


エドワードは、何も言わない。


ただ、その言葉をそのまま受け止める。


部屋の空気が、ゆっくりと落ち着いていく。

だが、その奥では、何かが確実に変わっていた。


■ジョージ幕間(観測ログ:舞姫・再構築編)


『サエキ事変ノート:未完成の完成形編』


「……あーあ」


ジョージは笑う。


「完全に自覚したね」


スマホの画面を覗き込みながら、肩をすくめる。


「“あれがないと成立しない自分”ってやつ」


一拍。


「で、それでも切らないと」


くすりと笑う。


「いいじゃん」


「それでこそ人間だよ」


カメラを構える。


「サエキも逃げないし」


シャッター音。


「……これ、完全に共犯だ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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