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第百七十話 「親愛とは、孤独を分かち合うことではなく、相手を自分だけの聖域に監禁することである」という話

多分拓海は何も考えていないと思われます

五月。

サマータームの陽光が、学園のグラウンドを白く照らし上げていた。


練習終わりの空気は、まだ熱を帯びている。

土の匂いと、汗と、笑い声。ボールが地面を叩く乾いた音が、途切れずに続いていた。


その中心に、拓海がいる。


「サエキさん、今のパス、見えてなかったっす!」

「拓海、次のハウス対抗戦、お前がリーダーやれよ!」


「おう、任せろ。どうせやるなら勝つぞ」


軽く肩を叩き、背中を押し、笑いながら輪の中を動いていく。

誰に対しても距離が同じだ。近すぎるくらいに近い。それでも、不思議と誰も拒まない。


後輩の肩を掴んでフォームを直す。

「そこ、もうちょい開け。そうそう、そのまま行け」


少し強めに押すと、後輩がよろけて笑う。


「サエキさん、雑っす!」

「うるせぇ、体で覚えろ」


そのまま、ボールを拾って軽く蹴り上げる。

それを別の誰かが受け取り、また笑い声が広がる。


その輪から、少し離れた場所。


木陰のベンチに、エドワードがいた。


同じ時間を過ごしているはずなのに、まるで別の場所にいるように静かだ。

汗ひとつかいていない。姿勢は崩れず、視線だけが、ずっと一箇所に向いている。


―拓海。


「……あ。エド!」


拓海が気づく。


何のためらいもなく、手を振る。


「お前も来いよ!」


声は軽い。呼び方も、距離も、何も変わらない。


「同じ寮だろ? 仲間じゃん」


――間。


風が、グラウンドを横切る。


エドワードの足が、わずかに前へ出る。


数センチ。


それだけだった。

止まる。

それ以上は、動かない。


(……仲間)


その言葉が、妙に長く残る。


視界の中で、拓海が笑っている。

誰かの肩に触れ、誰かに名前を呼ばれ、また別の誰かに応じている。


均等に、分配されるように。


(分けているのか)


指先が、わずかに強くなる。


(それとも、最初から、誰のものでもないのか)


「なあ、エド!」


拓海の声が、また届く。


「次の作戦さ、お前の頭借りたいんだよ。どう動くのがいい?」


悪気はない。

むしろ、純粋な信頼に近い。


「お前ならなんか考えられるだろ?」


少しだけ身を乗り出して、こちらを見る。

その視線の軽さが、距離を余計に曖昧にする。


(“使う”)


一瞬だけ、その言葉が浮かぶ。


(共有するのではなく)


視線を、輪の中へ向ける。


(消費する)


「なんだよ、難しい顔して」


拓海は笑う。


「いいから来いって。お前も一緒にやろうぜ」


”一緒に”。


その言葉に、わずかに呼吸が乱れる。


一歩、踏み出せば届く距離。


だが。


(あの中に入れば)


視界の中で、拓海の隣に別の誰かが立つ。


名前を呼ぶ。

肩を叩く。

笑う。


(私は、その一人になる)


沈黙。


それは、計算の外にある感覚だった。


「……タクミ」


声は低く、ほとんど温度を持たない。


「私の知性を、そのような集団のために使えと言うのか」


「そのようなってなんだよ!」


拓海が笑う。


「仲間だろ。勝つためにやるんだからいいじゃねぇか」


軽くボールを蹴る。

それが転がって、エドワードの足元近くで止まる。


「ほら」


拾え、と言わんばかりの仕草。


無意識の連携。


だが、エドワードは動かない。


ただ、視線を落とす。


ボール。

土。

光。


(これは、同じ地面だ)


だが。


(同じ場所ではない)


マントが、わずかに揺れる。


それだけで、十分だった。


「……あいつ、また帰るのか?」


誰かが呟く。


「さあな」


軽い声。軽い笑い。


拓海は一瞬だけ、その背中を見る。


ほんの一瞬だけ。


「……まあいいや」


すぐに切り替える。


「ほら、次行くぞ!」


また声が弾ける。

輪が動き、空気が戻る。


エドワードは、歩いていた。


振り返らない。


(あの中に入れば)


思考が、もう一度浮かぶ。


(私は、特別ではなくなる)


足が止まる。

わずかに、力が入る。


(それは)


目を閉じる。


(許容できない)


再び、歩き出す。


■ジョージ幕間(グラウンド・観測ログ)


『サエキ事変ノート:無自覚な処刑編』


「……ププッ、最高に地獄だね」


ジョージは、カメラ越しにその背中を追う。


「“仲間じゃん”か」


シャッター音。


「それ、王様に言う言葉じゃないよ」


一拍。


「唯一でいたいやつに、“みんなの中に入れ”ってさ」


少しだけ目を細める。


「……残酷だね、サエキ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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