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第百六十五話 「親愛とは、扉を開けて招き入れることではなく、二人だけの部屋の鍵をかけることである」という話

エドワードなぁ・・・

クレストフィールド学院

イースター休暇明け。


静まり返っていた学園に、再び人の気配が戻ってきていた。

廊下には笑い声が満ち、寮の談話室には土産話とくだらない自慢が溢れている。


休暇の余韻を引きずったまま、日常が再起動していく。


その中心で。

拓海は、いつものように笑っていた。


「これ見ろよ、ロンドンで買ったやつ!」


テーブルの上には、色とりどりの紙袋。

中から取り出されたのは、どう見ても食べ物とは思えない色をした綿菓子。


「これマジでやばいぞ。食感は綿菓子なのに、味が完全に消しゴムなんだよ」


「なんだそれ、拷問か?」


「いや、マジで意味わかんねぇから。一回食ってみろ」


笑いが弾ける。


ジョージが一つ摘まみ、怪訝な顔で口に入れる。


「……ああ、これは確かに消しゴムだね」


「だろ!?」


さらに笑いが広がる。


その輪の中心で、拓海は自然に人を引き寄せていた。


誰かが話しかける。

誰かが肩を叩く。

誰かが隣に座る。


それを、拒む理由はどこにもない。


それが、彼にとっての“普通”だからだ。


そのとき。


「……あ、エド」


拓海が、ふと顔を上げた。


廊下の先。

十メートル。


そこに、エドワードが立っていた。


休暇前よりも、わずかに温度が低い。

表情は変わらないはずなのに、どこか輪郭が鋭くなっている。


「お前、戻ってたのかよ」


軽く手を上げる。


そして、何の迷いもなく。


「ほら、お前も来いよ」


それは、本当に自然な誘いだった。


「ジョージが変なもん買ってきてさ」


綿菓子をひらひらさせる。


「これ、消しゴムの味するんだぞ。マジで意味わかんねぇから、ちょっと食ってみろよ」


悪気は一切ない。


むしろ。


「いなかった分、今度は一緒にやろうぜ」


そんな、ごく当たり前の感覚。


だが。


エドワードの視界には、別のものが映っていた。


拓海の隣にいるジョージ。

背中を叩く寮生。

笑い声。

重なり合う会話。


そのすべてが、輪郭を持った“異物”として、網膜に焼き付いていく。


「……タクミ」


低く、静かな声。


「その、不浄な共有の中に」


一拍。


「私を、入れろと言うのか」


「は?」


拓海が眉をひそめる。


「不浄ってなんだよ。普通だろ」


軽く肩をすくめる。


「友達なんだからさ。別にいいじゃん」


そして、あっさりと言う。


「ほら、ハミルトンも仲間に入れって、みんな言ってるし」


「そうそう」


ジョージが笑いながら口を挟む。


「エドワード様も、この“消しゴム味”の世界へようこそ、ってことで」


軽い調子の言葉。


だが。


その一言で、空気がわずかに軋んだ。

エドワードの手が、ゆっくりと握りしめられる。

白くなるほどに。


拓海の言葉。


「お前も来いよ」


それは確かに、望んでいた言葉だった。


だが。


その“来い”の中に、他人が含まれている。


それが、耐えられなかった。


「断る」


短く、切り捨てる。


「はぁ?」


拓海が、素直に呆れる。


「なんだよ、せっかく誘ってやってんのに」


苦笑する。


「お前、相変わらずノリ悪いな」


それ以上、深く考えない。

それ以上、踏み込まない。


それが、拓海の”優しさ”でもあった。


「ま、いいや。ほら次お前な、食ってみろって!」


すぐに視線を戻し、また笑いの輪へと溶けていく。


その背中。

その距離。

その“普通”。


エドワードは、ただ静かにそれを見つめていた。


(タクミ)


声には出さない。


(お前は優しい)


理解している。


(だが、その優しさは)


わずかに、目を細める。


(私の予約した純度を、確実に削っていく)


周囲の声が、遠くなる。

笑い声が、ノイズに変わる。


(扉を開くな)


内側で、何かが静かに決壊する。


(開くなら)


思考が、冷たく収束する。


(閉じるしかない)


「……次は」


誰にも聞こえない声。


「お前が独りになるまで」


一拍。


「周囲を、整理する」


それは、怒りではない。


決定だった。


■ジョージ幕間(余韻強化)


「……あーあ」


ジョージは、小さく息を吐いた。


「やっちゃった」


視線の先。


拓海は、まだ笑っている。


何も知らずに。


「サエキ」


小さく呟く。


「君の“お前も来いよ”ってさ」


一拍。


「すごくいい言葉なんだけどね」


肩をすくめる。


「相手が悪い」


さらに一拍。


「エドワード様には、それ」


口元が歪む。


「“お前はその他と同じだ”って聞こえるから」


カメラを構える。


一人、立ち尽くすエドワード。


その背中を、切り取る。


「……いやぁ」


軽く笑う。


「これは、戻ってきた後が楽しみだ」

ここまで読んでいただきありがとうございます。


悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。


いいねや感想など、いつも励みになっています。

この話もゆるく続いていく予定なので、

また気が向いたときに覗いていただけたら嬉しいです。

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