第百五十九話 「友情とは、知性をドブに捨てて、ただのバカとして横一列に並ぶことである」という話
辛い物は体に良くないよ!
クレストフィールド学院
三月。試験休み。
寮の談話室には、春の気配など一切入り込まない、ぬるくてどうでもいい空気が満ちていた。
ソファにだらしなく沈み込んだ拓海は、テーブルの上に置かれた真っ赤な袋を、じっと見つめている。
その横で、ジョージがにやにやと笑っていた。
「……いくか」
拓海が呟く。
「サエキ、正気かい?」
「正気じゃねぇからやるんだろ」
袋を指で叩く。
『デス・ハバネロ・チップス』
見るからに危険な色をしていた。
「これを水なしで一袋完食した方が、今日の昼飯を奢る」
一拍。
「男のプライドを賭けた予約(勝負)だ」
ジョージは一瞬だけ黙り、そして肩を震わせた。
「……最高にバカだね」
にやりと笑う。
「でも乗ったよ。僕の胃袋は、既に勝利を予約済みだ」
袋が開く。
空気が変わる。
「……うわ、匂いだけで痛い」
「行くぞ」
同時に一枚、口へ。
数秒。
「……っ」
「……あ゛」
沈黙。
「……っっっっっっ!!」
次の瞬間、二人同時に崩れた。
「からっ……!! 何これ痛い!!」
「舌じゃない、これ内臓だ!! 内臓が燃えてる!!」
それでも止まらない。
「負けるかよ……!」
「君、目から水じゃなくて魂出てるよ!?」
地獄みたいな光景の中で、バリバリと咀嚼音だけが続く。
そのとき。
ドアが、静かに開いた。
「……タクミ」
十メートル先。
ジャージを“正装”のように着こなしたエドワードが、そこに立っていた。
「何をしている」
「……っ、あ゛あ゛!? 見りゃわかんだろ、勝負だよ!!」
涙と汗と何か分からない液体にまみれながら、拓海が叫ぶ。
「お前みたいな高貴な奴には縁のない、庶民の――」
「……混ぜろ」
「は?」
空気が止まる。
エドワードは無言のまま歩き、しかし隣には座らない。
正確に十メートルの距離を保った対面のソファへと腰を下ろした。
「父から『正面からやれ』と指示された」
一拍。
「お前がその行為に価値を見出しているなら」
袋を見つめる。
「私もそれを正面から予約(完食)し、同じ地平に立つ必要がある」
「いやこれ価値とかじゃねぇから!! ただの罰ゲームだから!!」
「死ぬぞ!?」
だが、エドワードは聞いていなかった。
どこから取り出したのか。
銀のピンセット。
それで一枚、チップスを摘み上げる。
優雅に。
口へ。
数秒。
「……」
沈黙。
そして。
エドワードの瞳が、カッと見開かれた。
顔は蒼白。
耳の先だけが、異様なほど赤い。
だが、姿勢は崩れない。
「……ふ」
わずかに息を吐く。
「なるほど」
声が、ほんの少しだけ震えている。
「これが……庶民の情熱か」
「情熱じゃねぇよ災害だよ!!」
「既に……胃壁の崩壊を……予約(検知)したが……問題ない」
「問題しかねぇよ!!」
「水飲めって!!」
「断る」
即答だった。
「お前が耐えている苦痛を」
一枚、また一枚。
「私がすべて……上書き(完食)してやる」
「やめろ!! 方向性がおかしい!!」
だが止まらない。
そして。
袋が空になった瞬間。
「――」
エドワードは、その場で静かに立ち上がり。
そのまま。
「……タクミ。これで……」
一拍。
「同じ地平だ――」
言い切る前に。
崩れ落ちた。
白目。
完全沈黙。
「……おい」
拓海が固まる。
「……おい!?」
「死んだ!?」
「いや違う!! 多分気絶だ!! いや知らんけど!!」
「誰か水!! 医者!! 神!!」
■ジョージ幕間
「ひゃあ……」
ジョージは、倒れたエドワードを見下ろしながら、肩を震わせた。
「やったねサエキ」
一拍。
「英国の至宝、激辛で沈没」
スマートフォンを構える。
「これ、歴史に残るよ」
さらに一拍。
「“ハバネロ事件”として(笑)」
拓海は、エドワードの肩を揺さぶりながら、半分呆然と呟いた。
「……なんなんだよ、こいつ……」
一拍。
「……バカじゃねぇのか……」
だが。
その顔には、ほんの少しだけ。
笑いに近いものが混じっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
悠馬君の父、佐伯拓海と、ノアの父、エドワード・ハミルトンのお話です。
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この話もゆるく続いていく予定なので、
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